もんちっち劇場
2/5 (月)
栄冠ナイン第13期生。長いので数回に分けます。
あと、今回から紹介した選手の卒業時点での身長と体重も添えました。というか、これまでの子達も身長・体重を書き足してありますので、興味があったらご覧ください。
やっぱり強豪校なので基本的にみんなガッチリしててデカいですね。
話は少々さかのぼって、第11期生・尾藤里緒が
美羽高校のエースに君臨し、秋の地区大会でその力を思う存分発揮し、
プロ野球各チームが来年のドラフトに向けて彼女に注目を集めていたころ。
かたやアマチュア球界の関係者たちの間で、誰が言い出したかこのような言葉が広まりつつあった。
『朝陽と夕陽。二つの太陽のうち、いずれかを得れば天下を獲れる』
恐らく、三国志演義の伏竜・鳳雛の逸話になぞらえた言葉。ここで言う天下とは、全国制覇のことであろう。
中学球界で全国の球児たちを、圧倒的な力で全て完膚無きまでにねじ伏せ、
球界関係者にこのような伝説まで口走らせた、天才球児が出現していたのである。
それも同時に二人。
そのうえ、その二人はあろうことか双子の兄弟だったのである。
当然、各地の野心溢れる高校たちは水面下で彼らの奪い合いに闘志を燃やしていた。
―――猫塚兄弟を何としてでも我が校に!
猫塚 朝陽 (ねこづか あさひ)
卒業時の身長・体重 188センチ 80キロ
兄・朝陽。ポジションはショート。
一時期ピッチャーをやって弟の夕陽とバッテリーを組んでいたが、
打つ方が好きだったのでショートに転向した。
社交的で穏やかな性格だが、試合の時は凄まじい闘志を発揮する。
プレースタイルは常に「全力」。
身体がねじ切れるぐらいの猛烈なスイングを繰り出すにも関わらず、なぜか怪我もしなければ三振もしないという
無敵の打撃スタイルを持つ。
相手が戦慄するような場外ホームランも多く、相手投手の心を恐怖でへし折る。
打撃だけでなく、守備・走塁全てにおいて超一流のオールラウンドプレイヤーである。
自然や動物・とりわけ猫をこよなく愛し、野球に没頭し、自分の事よりも弟・夕陽を最優先に考える。
猫塚 夕陽 (ねこづか ゆうひ)
卒業時の身長・体重 185センチ 78キロ
弟・朝陽。ポジションはキャッチャー。
兄弟で野球を始めた時にキャッチャーを担当したので、
そのままずっとキャッチャーでプレーしている。
無口で穏やかな性格であり、試合の時も常に平静に自然体を保つようにしている。
プレースタイルは常に「冷静」。
全く無駄のない最小限のスイングにも関わらず、なぜか打球飛距離がやたら伸びるという
至高の打撃スタイルを持つ。
相手が落胆するようなギリギリのホームランも多く、相手投手の心を絶望でへし折る。
打撃だけでなく、守備・走塁全てにおいて超一流のオールラウンドプレイヤーである。
自然や動物・とりわけ猫をこよなく愛し、野球に没頭し、自分の事よりも兄・朝陽を最優先に考える。
ちなみに、双子なので彼らはどちらに兄・弟の意識はあまり無く、お互いに名前で呼び合っている。
二人は野球好きであるが野心には縁遠いタイプであり、
「将来は一緒に猫カフェをやろうね。」
と約束しあってるのだが、これだけハイスペックの能力を持っていると
周りが放っておいてくれないのだった。
もう、プロ野球で稼ぎまくって、猫のテーマパークでも作るしかあるまい。
猫塚兄弟は奈良県の生まれである。
母は幼い頃離婚したらしく顔も覚えていない。
父は、とある紛争国へボランティアに行きそのまま消息を断った。
死んだとは伝えられていないが、現状、生存も確認できていない。
ある日から朝陽は髪を伸ばし始めた。父の無事を祈願してのゲン担ぎである。
急に髪を伸ばしだした理由を夕陽に尋ねられたが、
あくまでこのゲン担ぎは個人的に始めたことなので、弟まで巻き込みたくはないと思い
「こっちの方が可愛いかな〜と思って。」
とテキトーに答えたところ、
「じゃあ僕も(可愛い髪型にする)。」
と、夕陽はボブカットにしてしまったのだった。
さて両親がおらず残された幼い兄弟は、名古屋に住む祖母の元で育てられた。
祖母からたくさんの愛情を貰って二人は穏やかに育ち、
祖母が飼っていた猫・『わたげ』がまるで親のように常に寄りそったため、二人とも大のネコ好きとなった。
わたげは高齢だったため、二人が小学生の高学年の頃、天に召されたが、
この猫とのかかわりが、彼らの将来の重要な決断に大きな影響を及ぼすことになる。
ほどなく野球にハマった二人は、持っていた天賦の才を発揮してリトルリーグでは無敵の存在となる。
「かつてリトルリーグを震撼させた霧野美咲・沖田晃司の天才バッテリーのようだ」などとも絶賛されたが、この時点では二人は美咲のことなど知る由もない。
そんなに活躍した二人だったので、中学3年になる頃には身辺がやたらと騒がしくなっていた。
連日のように各地の名門高校から進学を勧めるスカウトが押し寄せるようになったのである。
あまりの喧騒に祖母が体調を崩すレベルにまで追い込まれたので、
朝陽と夕陽は「スカウトに来た学校には絶対に行きません!」と広言し、スカウト陣を追い払った。
進学先は自分で決めると誓ったのである。
そんな折、何の気なしに付けていたテレビである特集が組まれていた。
『天才女性投手・尾藤里緒を擁する美羽高校。
今年の尾藤をはじめ、三嶋、羽田、ラルフ、露木、神野、菊地原、池上…
数多の名選手を次々と育て上げた名将・霧野美咲監督を徹底的に掘り下げる』
といった企画である。
「そういえば、美羽高校ってそんなに遠くないよね。
野球部も強いし、頭髪規定無いらしいし。」
もちろん、美羽高の名は特集を観なくても充分鳴り響いていたので、進学先の候補に考えていた。
そして、ゲン担ぎの関係から頭髪自由は朝陽にとって非常に重要な条件だ。
ただ、実は二人が最初に考えていたのはそのライバル校・辻間東高校の方だった。
ここ数年は美羽の方が勢いがあるとはいえ、
元々名が鳴り響いていたのは辻間東高校の方だったし、
2年生に天才打者と呼ばれる葛城丈太郎も抱えており、練習設備も充実しているので第一志望はむしろこちらだったのである。
ところが、彼らの気持ちを一気に美羽高校の方に傾かせる映像が、その瞬間テレビから流れたのだった。
それは、美咲監督を取材して家の中でインタビューしていた時、ソファに映っていた。
霧野ペロ である。
「!!猫だ!猫!!わたげそっくりのネコ!!」
肉付き、毛並みの美しさ、色合い。そして仕草に至るまで彼らの大切な猫に瓜二つのネコがそこに居た。
もう、これは運命だ。
天国からわたげが、ペロを通じて、美羽に進学するよう告げているようにしか思えなくなった。
この瞬間、猫塚兄弟は美羽高校への進学を決意したのである。
入学後、美咲に頼んでペロに会わせてもらった二人の感動は言うまでもない。
さて、猫塚兄弟が美羽高校に入学し、部活動勧誘が活発になった4月初頭のある日のこと、グラウンドに人だかりが出来ていた。
その中心人物は、最高学年になった、目立ちたがり屋の自称・神こと尾藤里緒である。
マウンドから1年生を挑発する里緒、無理やりキャッチャーをやらされてる熊田、あきらめ顔で守備に付かされてるのがキャプテンの平川や、2年生たちである。
里緒 :「新入生しょくーん!!春のセンバツ優勝投手・尾藤さまの球を体験させてあげよう!!
あたしの球を打てた奴は即レギュラーだぞ!
我こそはと思う命知らずは、バット持って打席に立つがいい!フハハハハ!!」
熊田 :「里緒さん!それは神というより魔王のノリだよ!!」
里緒 :「さあさあ!キン○マついてんだろー!?それとも女子高生の球が怖いのかー!?」
挑発を受けて、新1年生の中から、挑戦者が歩み出た。
木谷 :「東京から来た、木谷です!打ったら即レギュラーって本当でしょうね!!」
里緒 :「あー、もちろん!キャプテンはあたしの舎弟だから、ちゃんと口添えしてやんよ。
あくまで打てたらの話だけどね〜!」
平川 :「誰が舎弟だ誰が!!」
木谷 :「言いましたね!約束ッスよ!
オレだって東京では結構知られた方ッスからね!」
里緒 :「ファファファファ!未熟者ォ〜お!
中坊と高校球児のレベル差を骨の髄にまで刻み込んでくれるわぁ〜!!」
熊田 :「笑い方!笑い方!!」
周りには人だかりができている。
というのも、対決が注目を集めているのもひとつだったが、
里緒は「ハンデ」と称して制服のままだったのである。
しかも里緒はマサカリ投法張りに天高く足を上げる投げ方なので、
スカートの中身を見ようと、多数のスケベ男子どもが※3塁側の方にずらりと勢ぞろいした。
※里緒は右投げなので、サード方向に足を上げるため
制服のままとはいえ、やはり里緒はセンバツ優勝投手だ。
打席の木谷隆は、本人の言葉通り優秀なバッターだったが、それでも里緒のジャイロボールに手も足も出ず三球三振に倒れた。
木谷 :「は、速ぇええ!!見たことねえこんな球!!」
里緒 :「うわっはっはっは!思い知ったか小僧ォ〜!神に刃向うなど千年早いわぁ!!」
高笑いする里緒に、ギャラリーの間から「悪魔だ!邪神だ!」と声が飛んだ。
安坂 :「安坂正志です!よろしくお願いしゃーす!!」
里緒 :「お前も首の要らない人間の一人かあ!力の差を思い知るがいい〜!!」
冨田 :「冨田信兵ッス!!ぜってぇ打つ!っしゃあ!!お願いシャス!!」
里緒 :「誰が来ようと同じじゃあ!!死ねええええ!!」
実際は他にもたくさんの1年生が挑戦したが、便宜上この3人のみに絞って話を進めていく。
冨田 :「駄目だ!誰もかすりもしねえ!!バットめっちゃ短く持ってんのに!!」
安坂 :「天狗じゃ!天狗の仕業じゃ!!」
木谷 :「あの先輩性格は最悪だけど、最高のボール投げやがる!!」
「おらーっ!1年ーっ!諦めてんじゃねえ!もっと投げさせてパンツ見させろぉ!!」
「見えそうで見えねぇぞ!!尾藤、もっと足上げろ!!」
ギャラリーからも好き放題に下品なヤジが飛ぶ。まるで中年親父の集まりである。
里緒 :「どうしたどうした、かすりもせんなぁ!今年の1年生は大したことないねぇ!!」
安坂 :「ううっ、くっそぉ〜!」
冨田 :「悔しいけど全然打てる気しねぇ。」
里緒 :「こりゃー、今年の1年はあたしらが卒業するまでずっと球拾いかなぁ!?」
熊田 :「里緒さん、あんまり1年生の自信無くさせるのは…!」
平川 :「そうだぞ、野球部誰も入ってくれなくなる!監督に首の骨へし折られるぞ!!」
里緒 :「うげっ、美咲ちゃん監督怒らせるのだけはマズイ!!そろそろ撤収?」
恐怖の美咲の名前を出されて怯んだ里緒が幕を引こうとし出したので、このままバカにされて終わりたくない木谷が叫んだ。
木谷 :「先輩、待ってください!!もう一度オレ達にチャンス下さい!」
平川 :「いやいや、そんな気にしなくていいんだよ!?中学上がりたてでコイツの球なんか打てなくて当たり前なんだから。」
木谷 :「オレ達の負けは認めます!でも、オレ達の学年にはまだ凄い奴らが残ってるんです!
今年の1年がダメかどうか、そいつらと勝負してからにして下さい!!」
冨田 :「えっ?他にめぼしい奴まだ居るの?」
木谷 :「オレのクラスに、あの猫塚兄弟の弟が居るんだよ!オレらじゃ無理でも、アイツなら打てるかも…!」
冨田 :「ええ!?マジで!?あの猫塚!?アイツらも美羽に来てるのか!?」
安坂 :「オレのクラスには猫塚の兄貴の方がいるよ!!番号交換したから早速呼び出してみる!」
冨田: 「ホントかよ!?アイツらなら打てるかもしれねー!!」
平川 :「なんだって?アイツら、今なんて言った!?」
里緒 :「どしたの?猫塚とか言うのを連れてくるってさ。」
平川 :「猫塚…しかも兄弟ってまさか…。」
メロンパンをかじりながら夕陽、焼きそばパンを頬張りながら朝陽が、携帯電話で呼び出された。
平川 :「驚いたな…。本当にあの猫塚兄弟じゃないか。ウチの学校に進学してたなんて…!」
里緒 :「なに?嬉しそうに。凄いのそれ?」
熊田 :「凄いなんてもんじゃないよ!中学の大スターだよ!?里緒さん知らないの!?
中学の時点でプロがリストアップしてるほどの選手だよ!?
野球雑誌にも何度か取り上げられてるの見たことないの?」
里緒 :「え〜…?アレがァ…?たしかにデカいけどさぁ…、どう見ても軟弱そうな女男二人じゃん!」
平川 :「お前だって男女のくせに…。(ぼそっ)」
朝陽 :「何の騒ぎ?」
安坂 :「頼む!あの先輩の球打ってくれ!オレ達じゃダメだった!!」
夕陽 :「無理。」
冨田 :「えええ!?お前らでもかよ!?」
朝陽 :「あはは!だって、あの人は日本一のピッチャーじゃないかぁ。」
木谷 :「お前らだって中学日本一だろお!?」
里緒 :「まさか、ここまで待たせておいて敵前逃亡なんて言うんじゃないだろうね!?1年全員グラウンド10周かなぁ。」
冨田 :「やべえよ!頼むよ打ってくれよ!!」
朝陽 :「もちろん挑戦はさせてよ!尾藤先輩のボール打席で見られるなんて、願ってもない勉強になるからね!」
木谷 :「おお!やってくれるんだな!」
夕陽 :「多分…三振。」
安坂 :「な、なんだよ、弱気だなぁ…。」
里緒 :「よしよーし。男は負けると分かってても戦わなきゃいけない時もあるってね。それでこそ美羽の戦士だ!」
ジャンケンで、弟・夕陽が先に打席に立つことになった。
里緒 :「へぇ、構えは良いじゃんか。でも!この球に付いてこれるかなぁ!?」
初球のストレート。投げづらい制服でありながら、軽く140キロは超えている。
さらに続く2球目、と、夕陽は2球続けて反応なく見逃した。
冨田 :「あーっ!もう追い込まれた!何で振らねえんだよお!?」
里緒 :「おやおや〜、お嬢ちゃん、手が出ないかなぁ?あと1球で三振だよお?」
お嬢ちゃん呼ばわりされても表情一つ変えない夕陽、彼は手が出なかったのではなく2球球筋とタイミングを計るためにあえて見逃したのである。
拍子抜けだなぁ、と思いながら投げた里緒の3球目。
これも夕陽はバットを振らない…とみんなが思った瞬間、驚異的なスイングスピードでバットがボールを捉えた。
今日はじめての金属音が響くと、涼しい顔の夕陽と対照的に、焦りながら里緒が打球を振り返る。
里緒 :「あれ!?」
「うおーっ!!行ったーっ!!」ギャラリーが今日初めての打球に歓声を上げる。
里緒 :「ウソだろ、オイ…。」
フルスイングしたようにはとても見えなかった。軽くさばいただけのようなスイング。まして、里緒の球は決して軽くない。
しかし、打球はグラウンドの外野フェンスに突き刺さったのである。
色めきだつギャラリー。「おいおいおいおい!あの1年、ホントに尾藤の球打ちやがったぞ!!」
木谷 :「うわああああ!やったああああ!!」
冨田 :「すげえ!すげえ!すげえ!!アレをあそこまで飛ばすなんて!!」
安坂 :「やったー!!夕陽が尾藤先輩を打ったぞーっ!!」
歓喜に沸く1年生とは逆に、茫然とするのは里緒だけではなく、平川や熊田も同様だった。
平川 :「ま、まさか本当に打つとは…。本物だ、本物の猫塚兄弟だ…。」
熊田 :「り、里緒さぁん…。」
里緒 :「くっ…!や、やるねぇキミィ!よ、よーし、えっと、アンタ名前なんだっけ?」
夕陽 :「猫づk。」
里緒 :「?」
急に名前を答えさせられたので舌を噛んだらしい。
夕陽 :「猫塚…夕陽…。」
里緒 :「よし、キミはこっち来なさい。」
夕陽 :「???」
里緒 :「全力ではないとはいえ、あたしの球をよく打った!キミは合格だ。入部テスト合格ね。」
夕陽 :「えっ?」
入部テスト、という言葉が出てきて、他の1年生たちが一斉に青ざめた。
木谷 :「えっ!?こ、コレ入部テストなのか!?」
安坂 :「じゃ、じゃあ、オレ達野球部入れないってこと!?」
冨田 :「ふざけんなよ、さっきまでグラウンド10周とか言ってたじゃねーか!!」
平川 :「里緒ーっ!お前また勝手な…!!」
里緒 :「さあー!お兄ちゃんの方は合格できるかなあ!?」
プライドが傷つけられた里緒が八つ当たりモードに入ってしまった。
熊田 :「ダメだ…、こうなった里緒さんは言う事聞いてくれない…。」
冨田 :「冗談じゃねえよ!打てなかったら野球部入れないなんて…!」
朝陽 :「猫塚朝陽です!よろしくお願いします!」
里緒 :「おー!お兄ちゃんなんだから、さっきより本気出していいよねえ!?」
弟にやられた恨みを晴らさんとばかりに殺気立つ里緒。
平川 :「里緒!!」
朝陽 :「それについてお願いがありまーす!」
里緒 :「?」
朝陽 :「この勝負で、僕が夕陽より飛ばしたら、みんなも合格って事にしてくれませんか?
そのかわりダメだったら僕も夕陽も不合格でイイです。」
1年全員 :「!?」
平川 :「ええええ!?」
思いがけない勝負の提案に里緒の血が騒ぐ。
里緒 :「へえ〜…、面白い。面白ぇよ兄ちゃん!まさかそこまであたしが舐められるとはねぇ!!」
平川 :「おいおいおい!里緒!ムキになるな!
お前もだ朝陽!心配しなくてもみんなちゃんと入部させるから!!」
里緒 :「いーや、約束はちゃんと守ってもらうよ!
まぁ、監督怒らせても困るから、入部に関しては好きにすればいいさ。
でも、打てなかったらお前ら兄弟、一生あたしの家来だからな!」
朝陽 :「分かりました。」
平川 :「熱くなり過ぎだ二人ともォ!おい、夕陽!お前も兄貴止めろよ!」
夕陽 :「…え?せっかく…盛り上がってるのに…?」
平川 :「えぇ〜?」
里緒 :「よく言った!じゃあ、さっきよりガチで行くよ!!」
言葉通り、夕陽に投げた球よりも、踏み込み幅を半歩伸ばし、さらに速いストレートを放つ里緒。
木谷 :「げええっ!?ハッタリじゃねえ!!マジでさらに上の球威が来た!!」
弟・夕陽とは対照的に初球から身体全体を捻じ切れんばかりに豪快にフルスイングする朝陽。
バットは空を切り、勢い余って朝陽は引っくり返った。
冨田 :「ダメだ!ボールとバットが全然離れてたぞ!」
安坂 :「タイミング合ってない〜!!」
里緒 :「あーははは!!扇風機かおまえ!!」
朝陽 :「まだまだ!!お願いします!」
木谷 :「朝陽!もっとコンパクトに振れ!」
冨田 :「でも、あんまりコンパクトだと夕陽のより飛ばねえぞ!?球の威力に負ける!」
安坂 :「八方ふさがりじゃん!どうすんの!?」
2球目、朝陽はやっぱり変わらずフルスイング。全くかすらず、またしても転倒。
里緒 :「さあー!猫塚選手、追い込まれました!このまま三振してしまうのでしょうか!?」
3球目、さらにもう半歩踏み込んで威力を増したストレート。もう勝負に引き込まれてギャラリーたちも誰もスカートなんて見ていない。
里緒 :「これが本気のストレートだあああ!!」
平川 :「えげつねえ!!さらに上の球威を3球目に隠してやがった!」
しかし、この球は朝陽がファールで凌ぐ。
朝陽 :「ふぅ。」
安坂 :「ひぃ〜!」
木谷 :「い、胃に悪い!!」
里緒 :「よく当てたねぇ、少年!でも、1球寿命が延びただけだよん!」
4球目も全力ストレート、これもファールで食らいつく。
朝陽 :「今の危なかったぁ!!」
里緒 :「このぉー、しつこーい!!」
5球目もファール。6球目もカット。7球目も何とか食らいつく。
思わぬハイレベルの攻防に全員が息をのむ。いつの間にか静まり返っていた。
熊田 :「(す、すごい…、だんだんタイミングが合ってきてる。ホントに打つんじゃ…。)」
平川 :「それに、自分の立場も掛かってるっていうのに、この弟の方は何で平然と見てられるんだ?
兄貴が絶対打つって信じてるのか?」
天然ポーカーフェイスなだけで、夕陽は蒼白です。メロンパンもこみ上げてきている。
11球目。遂に今日1番のストレートが出た。確実に150キロ級。
しかし、これも朝陽は食らいつく。しかも初めの頃の何とか当ててのカス当たりのファールではなく、きっちり打ち返し始めている。
里緒 :「何だコイツ!?こんな大振りなのに、何で三振が取れないんだ!?」
里緒に焦りが見え始めた12球目、焦りが力みを生んだのか、コントロールをミスしてしまった。
里緒 :「あっ!マズイ!」
ココでのマズイは、打ち頃の棒球になったからではない。朝陽の顔の方に向かってボールが抜けてしまった「危険球」ゆえのマズイである。
しかし、朝陽は体勢を傾けながらもこのボールを全力で打ちかえした。
里緒 :「げっ!?」
「うおーっ!!行ったあああああ!!」
打球がグングン伸びる。というより、もう目で追わなくても打った瞬間に分かる当たりだった。
美羽高校のグラウンドのフェンスは実は、通常のフェンスの上に、さらに後日増築して高くした第2フェンスがある。
8期生の天才・三嶋歩があまりに打球を飛ばしすぎて従来のフェンスが役に立たなかったため増築されたもので、
三嶋の名前から「あゆむネット」と呼ばれるものである。
朝陽の打球はその「あゆむネット」に当たってグラウンドに戻ってきた。つまり文句なしのホームランである。
木谷 :「す、すげえ!ホントに打っちまいやがった!」
朝陽 :「ウソォ!?今の行ったの!?」 当の本人は死球気味の球を回避しながらの打撃だったので、引っくり返っていて打球を確認できていなかった。
冨田 :「やったんだよ!!ホームランだよ!!朝陽お前化けモンかよ!!」
夕陽 :「朝陽、すごい・・・!!」
大はしゃぎする1年生とギャラリー。片や上級生はお通夜の雰囲気に…。
さっき夕陽に打たれたのとは比較にならない精神ダメージである。
里緒 :「〜〜〜〜〜〜っっっ!!」
里緒が制服を凄い勢いで脱ぎだした!
全員がギョッとする!!
ギャラリーの男子のボルテージは今日最大に沸騰する。
熊田 :「ちょっ!!里緒さん!!なに、なにしてんの!?」
平川 :「気をたしかに持て!!ショックなのはわかるけど!!」
里緒 :「うっさいうっさい!!ジャージだよ!ジャージに着替えんだよ!
制服じゃ投げづらいんだって!何なら素っ裸で投げてやるってえの!!
い、今の勝負は負けたけど、実力では負けて無いもん!!」
潔くない態度だが、センバツ優勝投手ともあろうエースが自慢の球を打たれて涙ぐみながら下着姿で取り乱す姿は気の毒でもあった。
そもそもエスカレートして喧嘩腰になってしまっただけで、本来は新入生の歓迎会のようなつもりで始めたモノだったのである。
夕陽 :「あ、あの、先…先輩…。」
フォローを入れようとするがコミュ障の夕陽は言葉が続かない。
里緒 :「もう1回!もう1回勝負してよ!また打たれたら今度はあたしが家来になるから!!」
平川 :「やめろって!それより早く服を着ろ!!」
平川と熊田が必死で里緒の壁になっているのに、本人はお構いなしで朝陽に突っかかる。
朝陽 :「先輩、もう一打席は……ムリです。
だって、もう手がしびれてバットが握れないですもん!!」
里緒 :「へ?」
コレは偽りのない事実である、里緒の球威のために朝陽の手はすでに限界だった。
この後の夏の大会で、里緒はこの球威でライバル片桐丈太郎の手を粉砕してしまうのは依然書いたとおりである。
朝陽 :「今の勝負、先輩は投げにくい制服だし、変化球だって一切投げてないじゃないですか。
しかも最後の以外は全部ど真ん中でしょ?最後に打ったのも、失投で球威が落ちてたから飛んでくれただけ。
先輩が試合のように配球を組み込んで投げたら、僕も夕陽も全く打てっこないですよ!」
勝者からの思いがけない絶賛に里緒も表情がほころぶ。
尾藤が1年に負けた、と騒いでた生徒たちも「そう言われりゃ、そうだな。」「試合じゃ今みたいにはいかんわな。」と声が漏れ始める。
粉々にされたプライドが急速に修復されてきた。
里緒 :「え…っと。わ、分かる!?いや、さすがだね!
そう!たしかに今の勝負は直球オンリーなんだよね!
1年生相手に変化球のコンビネーションまで混ぜるのは大人げないし…!
でも君たちも大したもんだよ、しっかり練習したらあたしの変化球にも付いてこれるようになるかもね!あはははは!!」
下着姿のまま高笑いする里緒に平川は「単純だなぁ…」と苦笑するのだった。
男子生徒たち :「おーい、尾藤!裸で投げるのはどーなったんだよ〜!!」
男子生徒たち :「コラァ1年、もう一度勝負しろよー!」
里緒 :「うっさい、バカども!余興は終わりだよ!散れ!!散れ!!」
周囲は勝ちながら上手く相手を立てたと、猫塚兄弟を高評価したが、
二人にはおべっかのつもりは全くなく、心からそう思っていた。
打席に立つ前に「打てないよ」と言っていた。
コレは謙遜していたのではなく、やはりこの時点で中学上がりに過ぎない二人の力は、
まだ高校ナンバーワン投手の里緒には遠く及んでいなかったのである。
が、絶対に負けられない状況に追い込まれたことで、持っている以上の力が出た。
つまり、大舞台や、逆境に置かれると神がかりな力が出るタイプなのである。
「勝負所に強い」。まさにスターの資質を備えて生まれてきていた。
ここまでの過去ログ
第 1回 2016年 8月10日
第 2回 2017年 3月14日
第 3回 2017年 3月20日
第 4回 2017年 4月21日
第 5回 2017年 4月22日
第 6回 2017年 5月18日
第 7回 2017年 6月10日
第 8回 2017年 7月11日
第 9回 2017年 8月 9日
第10回 2017年 8月29日
第11回 2017年11月15日
|