もんちっち劇場






8/9 (水)



 いよいよ高校野球シーズン来ましたねー。

 プロ野球と違ってストレスたまらないからいいわー(笑)。

 台風で順延したものの、1試合目からいきなり白熱の好ゲーム。その後も素晴らしい試合が続きましたなぁ。

 清宮選手や安田選手らの有名どころは散ったものの、今大会は白熱しそうで面白そうであります。






 というわけで、今回も栄冠ですが、ちょっとだけ補足(言い訳)をば。



 第6期生の神野光が女性だったという事件が発覚してから、

 この世界の高校野球では大幅にルールが見直された、という設定になっています。



 まず、女性選手は事前に体力や技術のテストを行い、男子の中に混ざって戦っても問題が無いと
認定されれば出場が可能になりました。(合格基準は相当シビアですが)

 ただし、その選手を受け入れるかどうかの判断は学校側の自由裁量になっているため、まだまだ女性選手は男性に及ばないだの、宿舎やら人間関係などの観点から邪魔である、だのといった理由から敬遠するチームがほとんどで、強豪校でありながら女性選手も受け入れる懐の深さやノウハウを持ってる野球部は、美羽高校ぐらいしかない、という状況です。

 これは今後さらなる活躍をする女性選手の登場次第で、日本中の意識が変わるかもしれません。



 また、さらに遡って、美咲が高校球界に登場した頃から、日本中の選手たちの個性や自由を尊重するムードが沸き起こったという設定になっています。

 その結果、高校球児らしい外見が望ましい、としながらも、長髪やら、ヒゲやら、化粧などの外見で失格というルールが見直されました。

 もちろん奇抜な格好をしてれば当然白い目で見られますが、そのあたりも自己責任という形で渋々黙認する、という所まで高野連が譲歩しなければならなくなった、というのがこの世界の状況です。



 現実ではこんなことは、絶対にないでしょうが(笑)

 なんせパワプロの栄冠ナインでは、選手の外見を、長髪・茶髪・ヒゲ・ゴーグルなど好き放題に設定できるもんで、それをルールの中で通そうとするとこういう世界観にするしかないというか。

 ご理解いただけるとありがたいです。





さて、時間軸は戻って、美羽高校野球部・栄冠ナイン11期生である。





美羽高校にかつて日本中を震撼させた女性投手が居た。

霧野美咲。

目にもとまらぬ剛速球。

何者も恐れぬ度胸の良さ。

堂々としたマウンドさばき。

全身を大きく躍動させる投球フォーム。

どんな時も逃げずに力の限り立ち向かうその闘志は、赤いワルキューレとまで称えられ

日本中を虜にしたのである。





その赤いワルキューレの登場から13年が経った。

当時を目撃したファンはこう語る。

「あのような凄い投手は、もう二度とお目にかかれまい。まして女性投手など。」



本当にそうなのか?

ワルキューレが一人だけだと誰が決めた!?

誰も抱いていたそんな常識は、単なる思い込みに過ぎないのではないか。





第2章が幕を開ける。



日本中の目を否応なく美羽高校に集める伝説の女性投手が

再び!!












(クリックで拡大)


尾藤 里緒 (びとう りお)

卒業時の身長・体重  168センチ 62キロ



人呼んで、「霧野美咲の再来」

ダイナミックなマサカリ投法から155キロのやたら伸びるジャイロストレートとツーシームを抜群の制球力で駆使し、

鋭い高速スライダーやゆったりしたドロップで翻弄しつつ、お化けフォークで打者をキリキリ舞いさせる本格派。

変化球のキレも抜群、ボールの球持ちも良くタイミングが取りづらい上、球威がえげつなく重い。

いくら投げてもヘバらない驚異的なスタミナと回復力を備え、試合終盤に向かうにつれ手が付けられないほどパワーアップしていく。

そのうえ精神力まで強いときている。

もはや、怪物と表現するのが相応しい。

唯一の欠点は、投げる時に「死ねーっ!!」と叫ぶ癖があること。といってもコントロールが良いので打者にぶつけたりはしない。





尾藤里緒は宮城県の出身である。

先も説明したように、女性選手は登録が認められれば参加できるようになったものの、

身体的に劣ると思われている女性を受け入れる学校…中でも、強豪校は皆無と言ってよく、

それでも甲子園で投げるため、はるばる愛知県の美羽高校への進学を決めたのだ。



しかし、美羽を選んだのは「仕方なく」ではない。



里緒には憧れのスターが居た。



男子に交じって野球をやっていた里緒は男子たちから

「女のくせに生意気だ。」とか「女はプロ野球選手になれないんだぞ。」などと、からかわれていた。

もちろんその男子たちはみんな黄泉…もとい、病院送りになったが。



そんな悔しい思いをしていた里緒に希望を与えてくれた存在。

それは女性でありながら日本ハムに入団した神野光(第6期生)だった。

女子だって、偏見に負けずに頑張ればプロにだってなれる!

また、その神野のおかげで高校野球をやるチャンスが女性たちに与えられたのだから、

里緒は受け入れてくれる学校が美羽校のみであろうとなかろうと、

自分の進学先は「この世で唯一人尊敬する神野先輩がいた美羽高校しかない!!」と決めていたのである。



入部してきた里緒の能力の高さを見てさすがの美咲も舌を巻いた。

男子の中でもやれるという認定を貰ってきているのだから、逸材だというのは分かっていた。

それでも、まさかこれほど優れた素材とは…。

1年生ですでに全国大会に通用しそうな高いレベルに完成されている。

この時点ですでに140キロに届きそうな速球に、プロでも滅多にお目にかかれない精度のフォークボールを持っていたのである。

里緒は1年生にもかかわらず、最初の大会からいきなりリリーフとしてベンチ入りを獲得したのだった。



第9期生、第10期生と甲子園で活躍したと以前に紹介したが、

その躍進の秘訣に、怪物・尾藤里緒の存在もあった。





◆ 里緒伝説その1  〜美羽高校出場停止?事件〜



ちなみに、第9期生の宇都宮が当時のエースだったが、ある珍事件が起こった。

給湯室で弁当を食べていた美咲の所に、大慌てで本杉鷹丸が飛び込んできたのである。

「監督!一大事なり!宇都宮と尾藤が流血沙汰の大喧嘩をしておるのじゃ!!
拙者は池上や熊田も呼びに行ってくる!!」


「なんだって!?」

さすがの美咲も血の気が引く。すわ、出場停止か!?と脳裏を掠めた。



大急ぎで駆けつけてみると、鷹丸の言う通り、宇都宮と里緒が執拗に頭突きを繰り返して

二人とも額が割れたのか血がにじみ出た状態で、凄い形相で息を切らしながら睨み合っていた。

「なにやってんだてめえら!!何があった!」

チームメイトや監督まで大慌てで駆けつけてきたのを見て、宇都宮も里緒もキョトンとなった。



実はこんな会話があったのである。



宇都宮 :「ああーん、もう嫌んなっちゃうわ。あたしは心は乙女なのに。

この図体のおかげでみんな怖がるの。

ああ、女の子に生まれたかった。そしたら、憧れの三嶋先輩にも堂々とアタックできるのに。」


里緒 :「私は先輩の方が羨ましいけどなあ。

身長186センチでしたっけ?そんなにあったら、ものすごい角度のストレート投げれますよ。

先輩、いっそ替わって下さいよ〜。」


宇都宮 :「里緒ちゃん。良い事思いついたわ。

マンガとかで、頭をぶつけると人格入れ替わるの、あるじゃない?

そして、今ここにお互いの身体を交換したいあたし達が揃ってる。」


里緒 :「き、キター(゜∀゜)!!大チャンスじゃないっスか!

やりましょう、やりましょう!頭ぶつければいいんでしょ!?

よっしゃあ!思い切り助走付けて相撲みたいにぶつけ合えばきっと入れ替わりますよ!!」




そして、それを7回目チャレンジしたところに美咲が到着したという次第である。

「おまえらは ほんとうに ばかだな。」

そう言われた時の、まるで汚物を見るような監督や池上先輩の目は未だに忘れられないと里緒は語る。

こうして、美羽高校・暴力事件で出場停止の危機は未然に終わったのだった。





◆ 里緒伝説 その2  〜地獄牛車〜



美羽高校には禁断の投手育成器具が存在する。

「地獄牛車」というのだが、あまりに過酷な練習なため、これまでこれを使いこなす者が居なかった。

美咲が高校3年の時に開発し自ら使っていたのだが、

その後は野球部の部室の陰でひっそり埃をかぶっていたため、人目につくことは無くなり

いつしかその存在を疑われていたのである。



ちなみに、かつて一人だけこの器具に挑戦した強者が出現した。

その様子がこちらである。(←いちごうさぎさんHP「地獄で仏にあったよう」頂き物部屋)



話は戻って、この過去の遺物と化していた地獄牛車を

再び使いこなしたのが里緒であった。



これを見て他の部の生徒たちは思った。

「相変わらず野球部はバカやってんな」、と。






◆ 里緒伝説 その3  〜宿命のライバル葛城〜



里緒と同学年に超高校級の天才打者が隣の辻間東高校に出現していた。



葛城丈太郎。

高校通算91本塁打を記録する強打者である。

この4番・葛城を中心に、優秀な打者をズラリとそろえた辻間東高校は、

美羽高校に引けを取らない戦力を保持していた。



里緒自身も練習試合で、この葛城に2本ホームランを打たれている。



「今年、他県にこれほどの戦力の学校は他にない。
美羽高校と辻間東高校。どちらが愛知県代表で勝ちあがっても、
全国制覇を狙える。」

と評価された。



この葛城は女性選手というものに非常に否定的だった。

「女は女子野球でやってりゃいいんですよ。

それを調子に乗って男の世界にしゃしゃり出て来やがって。

まぁ、見てて下さいよ、夏の大会で尾藤の泣きっ面拝ませてやりますから。」


と、マスコミを使って堂々と里緒に宣戦布告してきた。



そして、両者の対決は愛知県大会決勝で実現。

両校の評価は先述の通りだったので、「これが事実上の頂上決戦」とまで言われ、

予選大会にもかかわらず、愛知県だけでなく全国中継で放映されるほど注目された。



尾藤里緒 対 葛城丈太郎



第1打席は、里緒が得意のフォークボールで空振り三振を奪う。

しかし第2打席は葛城がフェンス直撃の2ベースヒットを放った。



第1打席はストレートを全部ファールされて、仕方なくフォークで三振を奪ったもの。

第2打席は散々ストレートをファールで粘られたあげくヒットにされた。

思えば練習試合で打たれた2本のホームランもストレートだった。

という事は…!

塁上で葛城が「てめえのへなちょこストレートなんざオレには通用しねえ!」とばかりに勝ち誇る。

プライドを傷つけられた里緒の怒りは頂点に達した。



1失点で敵の攻撃を切り抜けた後、ベンチに戻った里緒は大荒れ状態。

里緒:「あのガキ、次の打席で殺す!ストレートでバットごとへし折ってやる!!」

平川:「落ち着け里緒!木ならともかく金属バットは折れないよ!!」

里緒:「それでも折る!!」


熊田:「ムチャだー!」



「こりゃダメだ。もう誰の言う事も聞かねえや。」と美咲監督は諦め顔だった。



そして迎える6回の裏、葛城の第3打席。

挑発が絶大な効果を発揮して、里緒はもうストレートしか投げてこない。

思う壺と、葛城は厳しいコースのストレートを、里緒をいたぶるようにファールでカットし続ける。

コントロールミスを誘う葛城に業を煮やした里緒は

「打てるモンなら打ってみろ!!」と、ど真ん中に155キロの全力ストレート。

待ちに待った絶好球に葛城も「狙い通りだ、バカめー!!」とフルスイングで立ち向かう。



鈍い金属音を残し、フラフラっと力のないフライがショートの1年生・猫塚朝陽のグラブに収まった。

吠える里緒と同時に、うめき声を上げながら葛城が崩れ落ちる。

どうやら今のバッティングで手を痛めたようだ。

結局このあと葛城は出場できず、控え選手に交替した。

主砲を欠いた辻間東は意気消沈し、逆にこれで勢いづいた美羽高校はこの後大量点を重ね

終わってみたら8−1で大勝したのだった。

新聞によると、この時のストレートを打った衝撃で葛城の手の骨が豪快に折れてしまっていたという。

里緒のストレートは、金属バットは折れなかったが、葛城の手を粉砕したのである。

この日から里緒の投球練習をキャッチャーが怖がるようになった。





◆里緒伝説 その4 〜自称「神」〜



お調子者の所があるので調子に乗ると手が付けられない所がある。



甲子園大会での学校紹介VTRで、

「やあ、どーもどーも!こんにちわ!尾藤里緒です!

えー、唐突ですが、私は神です!!

大会では神の力をお見せしますので、日本中の皆さん!是非ともお楽しみに!!イェー!!」


などと自己紹介してしまうのは、もはや増長や天狗を通り越した別の何かである。



選手宣誓が美羽高校に当たった時も、里緒がやりたがっていたので試しにリハーサルしてみたところ、

案の定、初めは真面目だったが途中から変なアドレナリンが出だして、

「宣誓!

我々選手一同は日ごろの練習の成果を存分に発揮し、

全ての高校球児の代表として恥ずかしくないプレーを

…してくるであろう、恐れ知らずの球児たちを

神の投球で全てケチョンケチョンにねじ伏せることを誓います!!

選手代表、神こと尾藤里緒!!」


などと、ほざき出したので、美咲にゲンコツ喰らわされて結局平川が担当することになった。



半分はもちろん冗談で言っているが、半分も本気が入っているから怖いのである。





さてさて、このように3年間大暴れした尾藤里緒。

11期生の戦績はどうだったのかというと、

10期生が引退した後の秋の地方大会を勝ち抜き、春の選抜への出場権を獲得。

そして、春の選抜大会で、甲子園大会優勝を成し遂げ、見事センバツ優勝投手に輝いた!



美咲が監督に就任してついに12年目にして悲願の全国制覇を達成したのである。

感無量だった監督の横で、また里緒が神がどーたらこーたらTVカメラに向かって発言し出したので、感動は霧散したが。

全国の頂点に立ったことで、ついに名門・美羽高校と呼ばれるようになり、新入部員に逸材も集まりやすくなった。



新学期を迎えて、11期生が3年生になる。

春夏連覇を目論んだ夏の大会では、愛知県大会で葛城を葬り全国大会に出場すると、

新加入の1年生・猫塚兄弟の打棒も加わり更なる盤石な強さを発揮し

押しも押されもせぬ優勝候補の筆頭に挙げられた美羽高校だったが、

準決勝で、2年生のサヨナラエラーで敗れてしまい、春夏連覇の夢は叶わなかった。



里緒がこの年のナンバーワン投手(少々人格に問題はあるが)という評価はもはや揺るぎなく、

小柄な女性投手というハンデも気にすることなく、楽天・中日・日本ハムの3球団がドラフト1位で競合。

くじの結果、北海道日本ハムファイターズが指名権を獲得した。

つまり、里緒は憧れだった神野先輩が居るチームに入団出来ることになったのである。



ちなみに、里緒に手を折られた葛城だが、

本来なら複数の球団が1位指名してもおかしくない器だったものの、大怪我をしていた関係で

埼玉西武ライオンズの「育成」ドラフト1位(要するに選手見習いのような立場)という形での指名に落ち着いた。



とはいえ、怪我が治れば本来の実力は折り紙つきなので、

すぐに正式な選手として再契約されるはずである。

「あの屈辱は忘れん!今に地上に引きずり降ろしてやるぜ、神様よォ!」

同じパ・リーグでもあることだし、尾藤里緒 VS 葛城丈太郎はプロに舞台を移して戦いは続くのだった。





実際パワプロで日本ハムから指名された時は、コイツ本当に運を持ってるわ、と感心しました(笑)。

なにせ、同球団に指名されたから神野に憧れた設定にしたのではなく、1年生で選手登録した時から神野に憧れてる設定は決まっていましたので、

12分の1の確率で日本ハムが引き当てたのは、なかなかの奇跡だと思います(汗)。





ここまでの過去ログ

第1回  2016年 8月10日

第2回  2017年 3月14日

第3回  2017年 3月20日

第4回  2017年 4月21日

第5回  2017年 4月22日

第6回  2017年 5月18日

第7回  2017年 6月10日

第8回  2017年 7月11日




 里緒だけで長くなってしまったので、今回は第11期生前半という事でココまで。

 次回は他の11期生を紹介します。





8/29 (火)



 先日、父親が病院に検査に行きまして、やたら帰りが遅いなぁと、最初はお盆明けだから他の患者も多いからしょうがないのかなーと思ってたのですが、それでもあんまり遅いので、ちょっと気になってきたところに、当の本人から電話が掛かってきました。

 んで、電話には母親が出たのですが、500メートルほど離れたその病院まで、ワシに歩いてきてほしいという。

 車は父親が乗っていってしまってたので歩いて来いと言うわけです。

 え、なんで?何かあったん?と聞いても、良いから来いの一点張りで説明は無いし、しかも電話越しの声が元気が無いと言う話だったので、「これはただ事じゃない」と不安になりながら病院に向かったわけです。

 やっぱり真っ先に浮かぶのは怖い病気見つかったというケースでしょ。 んで、その次に浮かぶのは帰る途中で事故ったパターン。なにせ父は最近は滅多に車運転しないので何かやらかしてもおかしくない。

 何にしてもロクな未来が浮かばない。歩いて来いとの話だったけど、だんだん不安になって結局全力疾走で病院まで向かったわけです。

 たどり着いてみたら何のことはなく、ただ、久しぶりの運転なので車の使い方が怪しくなっており、エンジンがうまく掛けられん、というただそれだけの、しょうもない理由でした。まあ良かったんですが。

 電話越しで説明しなかったのは、公衆電話の10円が切れそうだからダラダラ喋ってる時間が無かったせい。

 帰りが遅かったのは、初めの予想通りお盆明けで病院が混みまくってたせいで、電話の声が元気が無かったのは、あまりに待たされて、くたびれてたせいだった。

 なんという人騒がせな。

 ともあれ安心して車の助手席に座った所で、今度はオイラに突如として異変が発生したのです。

 なんか、目の前が急に暗くなって、周囲の声が聞こえなくなり出して、だんだん闇の中に落ちていくような感じに。

 そしてワシはそのまま意識を失いました。

 すぐに目は覚めましたが、どうやら失神したようです/(^o^)\。

 帰ってネットで調べてみたら、どうも普段あんまり運動せんヤツが急に全力疾走したせいで、低血圧を起こして脳の血が不足したのが原因らしい。

 いや、理屈は分かるけど、たった500メートル全力疾走しただけで引っくり返るとか……、自分の体力にまったく自信が持てなくなってしまった(´・ω・`)。

 もう マ ジ で 若くないんやね(泣)。悲しいお。

 「精神的ダメージの方が大きいやね、その失神はしょうがないよ。」と慰めてくれたしんちゃん、ありがとうございます(笑)。






さて、栄冠ナイン11期生のチームメイトいきます。



ある日の、校長先生と美咲監督の会話


美咲: 「おーい、校長先生よー。練習眺めて何泣いてんの?」

校長: 「いやぁ、あの遠い日を思い出すんじゃよ。今の3年生たちを見ておるとね。」

美咲: 「???」

校長: 「あの頃も威勢のいい女子が、大男と小男を従えて元気にグラウンドを走り回っておったなぁと、ね。

ダブらんかね?

あの時の君が尾藤君。立花君が平川君。神田君が熊田君だ。」


美咲: 「んー…。まあ、平川がアキで、クマがトシってのは性格あべこべな気もするけど分からなくもない。

でも、オレと里緒は無理があんだろ。オレはあんなに下品じゃねーし。」

校長: 「おやおや?毎日のように神田君の金玉を蹴り上げてたのをお忘れで?」

美咲: 「ウッ。」

校長: 「言っとくけど、あれ下手すると男としてじゃなくて、生命そのものが終わるからね。

睾丸って内臓なんじゃよ?内臓破裂で死ぬ可能性あるからね。」


美咲: 「おーい!!里緒ーっ!!地獄牛車始めんぞー!!」

校長 :「あっ、逃げた!」







熊田 三郎 (くまだ さぶろう)

卒業時の身長・体重  197センチ 108キロ



里緒の舎弟その1。

卒業時点での身長なんと197センチ、体重108キロは、9期生宇都宮繁を上回り、

美羽高校歴代野球部員の中で堂々1位の巨漢である。

あまりの体格の良さに近所でも有名になっており、

引退して部屋を開いていた元横綱の烈火王親方が相撲部屋へのスカウトに自宅へ訪ねてきた事もある。



さて、その熊田三郎。実はその外見とは裏腹に精神面はかなり大人しく気弱である。

中学まで友人に誘われて野球部に居たが野球部の厳しさや、試合のプレッシャーなどが苦手だったので、

高校ではスポーツは辞めて文化系の部に入りたいと思っていた。



多くの同級生たちが所属する部を決めたころ、優柔不断で迷い続けていた熊田は

「園芸部にしよう!いろんな花とか育てたい。」

と園芸部に入ることを決めた。



園芸部は野球部のグラウンドの隣にあると聞いたので、近くにいた女生徒に

「野球部のグラウンドはどっちかな。」と尋ねた。



その女生徒はどうやら同じ新1年生のようで初めて見る娘だったが、

質問には即答せず、しばらくジロジロ目を輝かせながら熊田の体格を見定めてきた。

いや、見定めるどころか、体中をあちこち触ってくるではないか。

「え…?あの…?」

予想だにしない展開に熊田が戸惑っていると、

「そうかぁ、野球部に入るのかぁ!アンタの体格なら、すっげーホームラン打てそうだねぇ!!」

とメチャクチャ嬉しそうに熊田の背中をバーンと無遠慮にぶっ叩いてきた。

「よっしゃ、ついて来な!私もこの前入部したばかりなんだよ!」

と強引に引っ張ってくる。

「えっ!?ちょ、ちょっと待って!僕は野球部じゃなくて…!!」

「大丈夫大丈夫!ちょっと入部時期遅いけどどうせ1年生はベンチ入り出来ないし問題ない!

まあ、私は1年生でいきなりレギュラーとるけどな!なんせ私は神だし!!」


もうお分かりだと思うが、この女生徒は、言うまでもなく、3年間熊田の主となる尾藤里緒であった。



気が弱くて否定できないうちに、里緒に連れられて美咲の前に引き出されてしまった。

見た目は熊でも羊のような性質の三郎少年が、2匹の百獣の王に逆らえるはずもなく、

本人の希望を口に出すことも出来ないまま、野球部の一員となったのだった。



もともと体格もあり、天性のパワーを持っていた。

 しかもバットコントロールも上手いときている。

「こいつは凄い!羽田や三嶋やラルフに負けない才能持ってんじゃねえか!?」

美咲にその潜在能力をたちまち評価され、なんと里緒の予想を裏切り、1年生からいきなり代打要員としてベンチ入りメンバーに選ばれた。



2年生ではファーストのレギュラーを取る。

しかしこの頃になると、熊田の弱点も明らかになってきていた。

それは精神面。

どうしようもなくチャンスのプレッシャーに弱いのである。

ランナーが得点圏に溜まれば溜まるほど、ガチガチに固くなってバットが出ない。

チャンスで見逃し三振。あるいは引っ掛けてゲッツー。

普段は天才と呼ばれた三嶋や羽田のような凄い打撃ができるのに、重要な局面で自分を見失ってしまうという2面性を露呈した。

2年生の春のセンバツで美羽高校は堂々の全国制覇を果たすが、

熊田の評価はスカウトも決めかねるものだった。

普段は信じられないほど打つ。一転チャンスでは打てなくなってしまう。技術は高いが精神が脆い、とあっさりスカウトたちに見破られてしまった。



3年生になるとしばらく4番を任される。

相変わらずチャンスに弱いが、美咲はあえて責任をどんどん与えて逆療法を狙ったのである。

しかし、プレッシャーに慣れさせるどころか、ただでもチャンスに弱いところに、4番の責任を背負わせた熊田の精神はボロボロになってしまい、

練習試合で全く打てなくなってしまった。



その頃、新1年生にとんでもない天才スラッガーが二人も入部してきていた。

13期生の猫塚朝陽・猫塚夕陽の兄弟である。

この二人は1年生にも関わらず、走・攻・守すべて全国でも通用するレベルだったので、いきなりレギュラーを獲得していた。

そして、練習試合でも打ちまくる。この二人が打たない試合など無かった。

マスコミが連日張り付くほど注目されていたが、全くプレッシャーをモノともせず打ちまくる。

熊田と正反対である。



いよいよ夏の甲子園、熊田にとって最後の大会が始まる。

さすがにスランプは乗り越えてきたが、相変わらずチャンスでは打てないまま。

じっくり精神を鍛えてあげたかったが、もう時間がない。美咲は決断した。

美咲 :「メンバーを発表するぞ。3番 夕陽  4番 朝陽。」

全員がどよめいた。

美咲 :「 … 熊田は6番だ。」

打順は6番に大きく降格させられた。それどころか、1年生の朝陽に4番を奪われてしまう。

こうなると、青ざめたのは朝陽の方で、

「無理です!先輩たちをさしおいて4番なんてとんでもない!4番は熊田先輩しか居ません!」と訴えるが、

美咲 :「いーや、4番は朝陽、お前だ。見てみろ、クマのあのツラを。」

朝陽が見上げると、そこにはすべてのプレッシャーから解放されて、天国にも昇る様な熊田の笑顔があった。

本当に4番がツラかったらしい。

美咲 :「朝陽、やってくれるな。」

熊田 :「朝陽君、あとはよろしく!!」

朝陽 :「がんばります!」




6番になってからの熊田は、今までのうっぷんを晴らすように滅茶苦茶に打ちまくった。

苦手だったチャンスでもある程度打てるようになっていったので、4番ショック療法はある意味多少成果があったようだ。

夏の大会の大暴れで、スカウトからの評価もグングンうなぎ上りになり、

運命のドラフト会議では、

尾藤里緒をドラフト1位指名したものの、クジで敗れた中日ドラゴンズが、

外れ1位で熊田を指名したのだった。



野球部には所属していたが、空き時間を見つけては園芸部に顔を出して草花を育てていた。

そんな穏やかな性格だったので、2つ下の猫塚兄弟(動物好き)からも似たもの同士、物凄く慕われていた。

クリーンアップを1年生に奪われるというのは、熊田にとっても本来は酷く屈辱的な事だったはずだが、

すんなり受け入れられたのは、大の仲良しの猫塚兄弟だったからである。





平川 信也 (ひらかわ しんや)

卒業時の身長・体重  167センチ 60キロ



第11期生キャプテン。そして尾藤の舎弟その2である。

身長は167センチと野球部員としては小柄だが、素早い動きと堅実な守備、そしてバントや右打ちなどの小技に定評があった。

これには美咲も「アキそっくりだな。頼もしいヤツだぜ。」と感心した。

明彦と違うのは、大人しく牧歌的だった明彦に対し、平川はどんな相手にも恐れず突撃する熱血漢だったところである。

里緒が葛城に挑発された時は、里緒より先に平川がキレたぐらいだった。



そんな平川だったが2つ上の宇都宮先輩は大の苦手だった。

なにしろガチホモの宇都宮先輩は、ひとつ上の羽田先輩や、平川をベタベタ触りまくってくるのである。

特に真面目な平川は羽田先輩のように上手くゴマかすのが苦手で一時ノイローゼに陥るほど深刻に悩んだ。

提出はしなかったが、退部届まで書いたほどである。

悩みに悩んだ末、2つ上の池上先輩に相談したところ、翌日から二度と宇都宮先輩はちょっかいを掛けてこなくなった。

その分、羽田先輩が平川の分も被害を受ける羽目になったのは言うまでもない。

宇都宮先輩が引退すると、羽田と平川は泣いて喜んだという。



同級生の里緒、熊田とともに3バカトリオを形成し、高校3年間いつも行動を共にした。

熊田はそうでもないようだが、平川は明らかに里緒の事を意識していたようである。

ドラフトでは、里緒が日本ハムファイターズ、熊田が中日ドラゴンズに指名されたものの、

小柄な平川はスカウトに高く評価されなかった。



平川は迷わず大学進学を決断。

「二人には遅れちまったけど、大学で鍛えまくってオレも絶対プロに行くよ。

3人でずっと野球を続けたいもんな!」


小柄でもプロ入りした例は少なくない。良いモノは持っているのだから、将来3人が同じグラウンドで戦う日も来るかもしれない。



なお、本人は三白眼なのを酷く気にしているので、指摘してはいけない(笑)。










山名 想 (やまな そう)

卒業時の身長 172センチ 66キロ



第11期生。将棋や囲碁が得意中の得意で、非常に心理戦に強い。

そしてバットコントロールに長け、流し打ちを得意とする。

精神が強いというより、配球などの読み合いに強いという、第6期生の神野光に通じるタイプである。

平川程ではないが、170センチ台前半でやや小柄・かつ細身の選手。



2年生でベンチ入りすると、その読みの鋭さを生かしてヒットを面白い程量産した。

即座にレギュラーに抜擢されるようになる。

しかし、意外に好打者であることが他校に知れると、今度は向こうも山名を研究して来るようになり、

これまでのように打てなくなってしまった。



そんな山名に転機が訪れたのは3年生の時である。

新入生で入ってきた、天才キャッチャー・猫塚夕陽と同部屋になったのがキッカケだった。

天才・夕陽もまた相手の配球を読むのを非常に得意とする選手で、

毎晩のように野球談議や駆け引きに関してお互いに研究に研究を重ねるようになる。



これまでは「相手の配球を読む」ことを心がけていた山名だったが、

夕陽のアドバイスを元に、例えばわざと本来狙っている球と違う球を強引に打ちに行ってみたり、

打席の立ち位置をさらに工夫するなど、様々な駆け引きを加えて

「相手の配球を読む」から「相手の配球を自分の都合のいいように誘導する」テクニックを磨いた。



こうして覚醒した山名は、最後の大会では「山名のバットは打ち出の小槌」と呼ばれるほどヒットを打ちまくり、

何と大会での打率は7割を超えた。

その打棒が評価されて、ドラフトでは5位で横浜DeNAベイスターズから指名されたのである。





相馬 武彦 (そうま たけひこ)

卒業時の身長・体重  177センチ 75キロ



第11期生。マンガ「ドカベン」の岩鬼のファンであり、真似して常に葉っぱの付いた枝を咥えている。

本人の望み通り、ついたあだ名は「美羽高の岩鬼」。

打つ時も岩鬼の打撃音「グワラゴワガキーン!!」を叫びながら打つ。

岩鬼を目指してるだけあって、走攻守3拍子揃った万能型。

2年生でベンチ入りすると、春センバツではショートのレギュラーとして活躍し、

チームの全国優勝に貢献した。



ところが、3年生になるとスーパー1年生・猫塚朝陽が同じショートで入部。

相馬も先輩の意地を見せようと熱心に練習を積んだ。

しかし、どれだけ努力しても努力しても、どうしようもない才能の差を見せつけられる。(朝陽も物凄く努力を重ねているのだが)

走・攻・守全てにおいて優れているのが自慢の相馬だったが、その全てで自分を上回る1年生が目の前に居るのである。

最後の大会の地区予選を間近に控えた6月、ある決意を持って相馬は監督室に向かった。



相馬 :「監督、ショートは朝陽を使っておくんなせぇ。

守備も打撃も、走塁も。悔しいが、全部アイツの方がアッシよりはるか上でさぁ。

その方がチームは強くなる。オレは喜んで身を引きます。」




相馬は自ら美咲監督にショートのレギュラーは朝陽にしてほしい。と直訴したのである。

実は美咲も非常に悩んでいた。客観的に見れば朝陽の方が上である。

しかし、相馬もどこに出しても恥ずかしくない選手なのだ。

朝陽にはまだ2年ある。相馬をレギュラーで、朝陽を控えや別ポジションに回すことを考えていた。

だから、徐々に朝陽にサードや外野などのノックも受けさせていたところだったのである。



むしろ相馬はその自分を優遇して朝陽に別ポジションをやらせる準備をしているのを見て決断したのだった。

監督の心遣いはありがたい。確かに朝陽ならどのポジションでも大活躍するだろう。

だが、せっかく優れたショートである朝陽が自分のためにコンバートされるのは忍びない…。

相馬の男気は周囲の情けに甘えることを許さなかったのである。




美咲: 「いいのか?もう、今からじゃお前を別のポジションにコンバートする時間もない。

出番があるとしたら、朝陽の控えか代打ぐらいしかないぞ。

最後の大会をベンチで過ごすのか?」



相馬 :「構いやせん。もう決めた事でさ。

そのかわり朝陽がだらしなかったら、いつでもオレがポジションを取り返すって伝えてやっておくんなせぇ。」




しばらくの沈黙の後、美咲は「分かった」と返した。

これほどの男が自ら白旗を上げた想いを重く受け止めたのである。



誇り高い天才・岩鬼に憧れて3年間突っ走ってきたプライドの高い男が、

いや、プライドの高い男だからこそ、情による優遇を受け入れず、より優れた後輩に道を譲ることを決意したのだった。



2年時点では注目もされていたが、最後の大会にほとんど出番が無かったため、当然だがドラフトで指名はされなかった。

「後悔?してませんよ。オレは悟っちまったんでさ。

ああ、プロに行くのはこういうヤツなんだなって。

オレはアイツと争ってたはずなのに、いつしか惹きこまれちまったんです。

今じゃすっかりアイツの大ファンでさぁ。ほら、サインも沢山貰ってあるんスよ。オレの宝物ですよ!」


と、高笑いして去っていた日本男児は、未練を残すことなくサラリーマンになった。





こうして、尾藤里緒を中心とする第11期生たちは春センバツ制覇という大偉業を成し遂げて卒業していった。

有望な選手たちもいよいよ増えてきて、名門・美羽高校の黄金時代到来と囁かれるようになる。



だが、その一方で、この頃からどこからと無く怪情報が噂されるようになっていた。



― 美羽高校に廃校の話が持ち上がっているらしい





ここまでの過去ログ

第1回  2016年 8月10日

第2回  2017年 3月14日

第3回  2017年 3月20日

第4回  2017年 4月21日

第5回  2017年 4月22日

第6回  2017年 5月18日

第7回  2017年 6月10日

第8回  2017年 7月11日

第9回  2017年 8月 9日


 思ったより猫塚兄弟が11期生に与えてる影響がデカい(汗)。

 まあ、里緒はピッチャーで、猫塚兄弟は野手だから、他選手との関わりや影響力は同じ野手の方が大きいのかもなぁ。

 何にしても当分は、猫塚中心になりそうですなー。


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