seen1 秘密兵器登場!



 

 まばゆい町並みが視界を覆い、すずめ達の歌声に包まれる。

 背後から優しい風が心地よく背中を押し、桜の花びらが華麗な舞を披露する。

 

「いよいよ3年生かぁ。」

 明彦は感慨深くつぶやいた。

 今日より新学期がスタートし、やはり気持ち的にも新鮮なものがある。

 もちろん最上級生としての責任も出てくるわけだが、今は新しいスタートに胸躍らせていた。

 

 呼び鈴を押す。

「おはようございまーす。」

「おう、おはようさん、明彦君か!」

 中から野太い声が返ってきた。彼はすぐに姿を現したが、その前から、その声が美咲の父親の声であることはすぐに分かった。

「あ、おはようございます!」

 やや緊張した面持ちで明彦は挨拶を繰り返した。

「悪ぃなぁ、美咲ならもう行っちまったよ。」

「あ、そうなんですか!?」

 始業式だけあって、さすがの美咲も早く家を出たのかと思ったが、次の父親の言葉であっさり否定された。

「あの馬鹿、始業式はかったりぃからサボるとか言い出したからよ、蹴飛ばして無理やり行かせてやったんだ。」

 そう言って父は大笑いした。

「し・・・、始業式サボるって・・・・・・。」

 信じられない言葉を聞いた明彦はただ苦笑いするしかなかった。

「まったく、せっかく休むんなら嫌な授業がある日にサボった方がいいじゃねーか、なぁ。始業式なんて、どっかで寝てりゃいーんだしよ。」

 明彦の気持ちもよそに、彼はさらに信じられない言葉を続けて笑う。

 この父あって、あの娘ありだと思った。

 

 

 

 美咲が先に行ってると知ると、本人は気付いていないが自然に明彦の足も速くなった。

 学校も近づき、次々と前を行く生徒達を追い抜いていく。

 数人目を追い抜いたあたりで声を掛けられた。

「よう、アキ!」

 振り返ると、そこには良く見知った人物・・・に、似た人物の顔があった。

「え・・・っと、あれ?」

 明らかにその人物は見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころか実に親しい友人のはずである。

「何急いでんだお前。」

 だが、ある違和感がその人物と目の前の人物を結びつける事を妨げていた。

「なんだよ、宇宙人でも見るような目ぇしやがって。」

「ひょっとして神田君!?」

 思わず語尾が裏返ってしまった。

 無理も無い。彼のトレードマークは遠目から見てもはっきりわかる真金々の天を突くヘアスタイルだった。

 それが、色は相変わらずなものの、見事に短く刈りそろえられていたのだ。

「切ったの!?」

「わ、悪いかよ!」

「いや、悪くは無いけど・・・。」

「ちーっ!やっぱり失敗だったかぁ!!」

 バツの悪い顔をしながら頭をかく。

「いや、そっちの方がスポーツマンらしくてカッコいいと思うよ。」

 明彦は本音でそう言ったつもりだったが、どうしても笑いがこみ上げてきた。

「笑って言っても説得力ねえっつうの。」

「でも、なんでまた・・・?前の髪型気に入ってたんでしょ?」

 このままだと道端で神田にプロレス技を掛けられかねないので、すかさず明彦は話題の矛先をずらした。

「んー、いや、別に。特に深い意味はない。」

「あ、ひょっとして野球部のため?」

「だから深い意味はねえって!前のはもう飽きたんだよ!もう髪の話題はいいだろ!ったく、朝っぱらから気分を害したぜ。」

 途端に不機嫌になったその態度が明彦の推測を肯定していた。

 新入生が一人で多く欲しい現状でもあるし、何しろ注目されるチームでもある。

 彼は彼なりに部のイメージを良くするにはどうすればいいか考え、その結果、愛着のあった髪型と決別したのだろう。

(ホントにカッコいい人だね。)

 気恥ずかしげに前を歩く坊主頭の後ろ姿を見ながらそう思った。

 

 

 

 クラス発表を見た後、生徒達はそれぞれの教室に散らばっていく。

 残念ながら、美咲とも神田とも同じクラスにはなれなかった。

 明彦は去年こちらに引っ越してきたばかりなので、知り合いは少ない。

 何となく寂しかったが、それはすぐに霧散した。

 というのも、野球部、特に美咲と神田、明彦の3人はいまや学校中の有名人なので、他の生徒達がどんどん声を掛けに来てくれたのだ。

 それも、いずれも温かい言葉ばかり。

(みんなもこれだけ今年は期待してくれてるんだ。頑張らなきゃ。)

 明彦の中にふつふつと闘志がわいてきた。

 

 

 

 始業式も終わり、いろいろと雑事も済むとそれぞれ帰宅の途につきだした。

 といっても、野球部はすでに今日から本格始動である。

 明彦が部室に顔を出してみると、ちょうど神田が美咲に笑われている真っ最中だった。



「ぎゃはははははは!!どこから入り込んできたんだ、この物体Xは!!」

「そこまで笑うことねーだろーが!!」

「あーっ・・・腹痛ぇ・・・。悪ぃ悪ぃ。よく似合ってるぜ。」

 そう言ってまた笑い転げる美咲。実に遠慮が無い。

 切るんじゃなかったと神田が思い始めたとき、

「サンキュ・・・な!」

 神田の胸板を軽くポンと叩き、美咲がふわりと微笑んだ。思いはしっかり通じたようである。

 思わず一瞬神田は見とれてしまったが、

「よーっ、アキ!見てみろ、怪しげな生物が迷い込んできたぞ!警察呼べ警察!」

「み、美咲さん・・・。」

 やっぱり美咲ぶっ殺すと思うことにした。

「あれ?」

 明彦がよく見てみると初めて見る顔があった。

「美咲さん、その子は?」

 明彦に言われて美咲ははっとした。

「あ、いっけねえ。トシ(神田)がいきなり禿げてやがったから忘れてたぜ。」

「ハゲじゃねえ!」

 神田のツッコミは無視して美咲は続けた。

「はい、みんな注目。」

 全員がしんとなる。

「去年の夏が終わってから、うちの野球部は人数不足が課題だった。でも、オレは心配してなかっただろ。覚えてるな。」

「えーっと・・・、そういえば・・・。何か秘密兵器とかなんとか・・・。」

「よし、えらいぞアキ。よく覚えてたな。そう、そしてコイツこそオレの言ってた秘密兵器だ!」

 一同が騒然となり、その秘密兵器といわれた少年を見つめる。

 よく見ると美咲に顔が似ていた。

「オレの弟、順平だ。ほら、挨拶しな。」

「あっ・・・、順平です、よろしくお願いします。」

「弟ぉ!?」

 全員が口をそろえて叫んだ。

(そういえば、美咲さんって弟がいたんだ。でも、まさか今年の新入生だったなんて。)

 みんなの驚きが冷めないところで、さらにもう一度驚きの声をあげた人物がいた。

「あーっ!!」

 声の主は近藤だった。チームの知恵袋のような存在で、色んな情報に詳しい。

「もしかして、典王中の霧野順平!?」

 その言葉に美咲が満足そうな笑みを浮かべた。

「なに?すげーの?」

「凄いも何も・・・。中学最高のスラッガーと言われて、早くからプロも注目してる逸材中の逸材だよ・・・。その素材は、辻間東の沖田以上とも言われてる。」

 近藤の解説に一同がさらにどよめいた。

「苗字が同じだとは思ったけど・・・、まさか美咲の弟だったとは・・・。」

「ふふふふ。うちのチームの最大の課題だった攻撃力、特にポイントゲッター。その補強にはまさに打ってつけだろ。」

「すごい!すごいすごい!これは本当に秘密兵器だよ、美咲さん!!」

 思わず明彦も声が上ずってしまった。

「でも、なんでこんな学校に!?相当の数の名門校がアプローチ掛けてたって聞いたけど。凍邦とか鳴電とか辻間東とか・・・。」

「え〜・・・と・・・、そ、それは・・・だな。」

 途端に美咲の表情が引きつった。

 すると、順平が美咲にひしと抱きついて答えた。

「だって、ねーちゃんと一緒にいたいもん!」

 そして子犬のように美咲にすりつく。

「・・・・・・あ・・・はは・・・、こういうわけだ・・・・・・。」

 美咲の顔からは生気が失せていた。

(シスコンか!?)

(シスコンなのか!!)

(シスコンだ!!!)

「がんばろーね、ねーちゃん〜!」

「やめろアホ!!」

(それも重度だ!)

(ホンマモンだ!!)

(正真正銘完全無欠だ!!!)

 評判の高さと目の前にいる現物とのギャップの大きさのため、みんなその実力を疑いの目で見始めた。

「むっ。さてはてめーら信じてないな。」

「い、いや疑ってるわけじゃねーけどさ。」

「う、うん。やっぱりちょっと想像がつかなくて。」

 一瞬少し考え込んだ美咲だったが、すぐに順平に声を掛けた。

「お前、今日ジャージ持ってきてるか?」

「うん。持ってきたよ。参加させてもらえるかなぁと思って。」

「よし、百聞は一見にしかずだ。コイツの凄さ見せてやろーじゃん!?」

 

 

 

「いいのかなぁ。まだ体験入部期間にも入ってないけど。」

「まー、固いこと言うなって。遊びみたいなもんだよ。」

 内容は簡単である。

 美咲が10球投げるから、順平のバッティング技術を見せるのだ。

 肩ならしを終えた美咲がマウンドから左打席に入った順平に声を掛けた。

「よーし、準備良いか?」

「いつでもいいよ、ねーちゃん!」

「ストレートだけな!」

「うん、分かった。」

 美咲の1球目。大体コースとしては内角の低めである。

「うおっ!速え!」

 試し打ちだから、もっと軽い球を投げるとみんな思っていたのだが、想像をはるかに越える威力である。それは神田のミットの音が証明していた。

「コラ順平!何で打たねーんだよ!!」

「だって、ボール球だよ。ねーちゃん。」

「・・・・・・・・。」

 順平を打てなかったのではなく打たなかったのだった。しっかり美咲の球が見えているらしい。

「アキーっ!審判やれ!」

 ややイラついたように美咲が叫ぶ。

 仕切りなおしの2球目から、ここにいる全員がとんでもない光景を見せられる事になる。

 

 

 

 快音連発。

 ヒット性の痛烈な当たりや、フェンスが無かったらどこまで飛んでいくか分からないような大ホームランを次々と量産するのである。

「すっげぇ・・・、全部真芯だぞ・・・。」

 打ち損じも空振りもまだ一つも無い。

 美咲が本気ではないとはいえ、球速も120キロいや、130キロ前後出ているだろう。それを当然のように軽々と打ち返している。

 しかし、さらに居合わせた全員を驚かせたのは9球目だった。

 ここまで完璧に打ち返している弟に対して、イタズラ心が出たのか、それともさらにその実力を試したかったのかは定かではないが、全球ストレート宣言をしておきながら、スローカーブの奇襲攻撃を繰り出したのだ。

「!」

 しかし、順平は一瞬ハッとしたが、すぐに落ち着いて右足でしっかり壁を作り、タメにタメてきっちりセンター方向にはじき返した。

「アレも返したぁ!?」

 誰もがバッティングを崩すと思っていたのに、モノともせずに打ち返した順平に対し、賞賛の声が上がった。

「ねーちゃん、ひでーよ!ストレートだけって言ったじゃん!」

「あー聞こえねー、聞こえねー。」

 非難の声をあげる順平を無視してそのまま10球目を投げる美咲。

 10球の中で最高のストレート。おそらく球速を測ったら130キロ中後半ぐらいだろうが、今のスローカーブを見せられたばかりの順平には10キロ増しぐらいに感じているはずである。

 ………が。

 耳をつんざくような金属音が響く。その打球は10球中一番の当たり、つまりフェンスをも越えていった。

 一瞬の静寂。そして歓喜。

「おいおいおいおいおい!!すっ、すげぇなコイツ!!」

「化け物じゃねーのか!?」

「・・・・わははは!恐れ入ったか!」

 何となく美咲の笑顔が引きつっていたのは、いくら何でも最後のは打たれないと思っていたのだろう。

 試合の時の球と違って球威がなかったとはいえ、これだけの打撃を見せられては認めざるを得ない。

「中学でも頑張ってたみたいだな順平。」

 大好きな姉に褒められて順平は破顔した。

 

 

 

 練習終了後、美咲の出てくるのを待つ明彦と神田の姿があった。

「いやー、今日はおどろいたね。」

「まったくだ。あの家系はどうなってんだ一体。」

 明彦も神田も興奮冷めやらぬ様子だ。

「でも、これならホントに楽しみになってきたよね。」

「おう。シスコンなのがちと問題だけどな。」

 神田の冗談で二人とも笑う。

「ところで、新クラスはどうだった?」

「最悪だなぁ。美咲はいねーし、明美はいるしでよ。」

「大倉さんと一緒のクラス?」

「あー。こりゃ、1年間うっるせぇぞ〜。」

 どうやら美咲、明彦、神田の3人はバラバラのクラスになってしまったようである。

「よう、待たせたな。」

 そこに美咲がやって来た。

「美咲と喋るチャンスも部活と登下校ぐらいかなぁ。」

「何の話だ?」

「いや、何にも。」

 3人で歩き始めた時に後ろから大声が聞こえてきた。

「ねーちゃ〜ん!!待ってよ!一緒に帰ろうよ〜!!」

 今日のヒーローのお出ましである。

「お前、いっつもオレにくっついてきやがんなぁ。」

「いいじゃん!毎日一緒に帰るよ〜。」

 その言葉に明彦と神田が凍りつく。

「・・・・・・ひょっとして、今年1年・・・、もう美咲さんと二人きりになるチャンスは無いっスか・・・?」

「・・・・・・くぁ〜・・・!なんてこったぁ!クラスは別々だわ、邪魔なオプションはついてくるわ!」

 その通り。キミ達二人とも去年で勝負をかけておくべきだったのだ。

「くそっ、いっそのコト狼になっちまおうかな・・・。」

「・・・相手は恐竜だよ・・・?」

 二人して肩を落とし大きくため息を吐いた。

「おい、何してんだよ。置いてくぞ。」

 美咲の言葉にハッと我に返り、あとを追いかける。

 ともあれ、こうして美咲たちの最後の年はスタートしたのだった。

 

 

 

 美咲たちが下校した頃、駐車場では教頭先生の悲鳴が響き渡っていた。

「ぎゃああああああ!!わ、私の愛車があああああ!!このボールは野球部だな、ゆっ、許さ――――んっっっ!!おのれ野球部―――っっっ!!!」

 この事件の後、駐車場方向のフェンスがさらに補強されて美羽高名物となった。

 そのフェンスは誰が呼びはじめるでもなく、自然と『順平ネット』と呼ばれるようになる。

 

 

 
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