seen2 ライバルの異変

 




 帰路につく4人組。

 ちょっと前までは3人組だったが、今日から美咲の弟が加わって4人組になってしまった。

 話題にのぼっているのは今後の部員集めの話である。

 順平を加えてもちょうど9人きっかりしかいないので、誰かが怪我でもすれば即アウトなのだ。

「体力があって野球が上手くてどのポジションでもこなせる奴があと5〜6人いねーかな。」

 神田が夢みたいな事を口走る。

「まあ、そこまで行かなくても経験のある子が入ってくれるといいよね。」

 神田が能天気な事を言い放ち、明彦がそれを整えて会話に発展させるのは、もはや恒例のパターンだ。

「ねーちゃんねーちゃん!オレの中学の時の部活仲間が2人いるから誘ってみるよ。」

 順平も必死に話題に入り込んでくる。

「じゃあ、そいつらの交渉は任せたぜ。」

 シスコンの弟は大好きな姉に頼られて大喜びだった。

「なーに、オレに任せてくれりゃぁ、1年坊をシメあげてでも入部させて・・・」

 神田も負けじと自己アピールするが相手にされなかった。

 そもそも、美咲が去年使って当時の荻原主将にこっぴどく叱られた手段である。

「喉かわいたな・・・。」

 自販機の前で美咲が立ち止まる。

「じゃんけんで負けた奴が全員分おごるっての、どだ?」





―――――県立辻間東高校

 ここの野球部ももともとはそれほどパッとした戦績をあげていたわけではなかった。

 それを、いまや愛知県有数の強豪野球部に育て上げ、名将の名をほしいままにしているのが現監督の杉浦健一郎である。

 名将の目は打撃ゲージに入って汗を流す一人の選手に注がれていた。

「どうですか・・・、あれから。沖田の調子は。」

 そう後ろから杉浦に声を掛けたのは部長の堤重喜。

 名将はその言葉を受け、ただ横に首を振った。

「相変わらずですか・・・。」

 予想していた答えだったが、堤はやはり落胆の色を隠せない。

「春の決勝でのノーヒットノーラン。あれが相当にきいているようでね。」

 打撃ゲージでバットを振る現在の晃司の姿からは天才の面影は感じられない。ただひたすらスランプにあえぐ一選手であった。

「打撃はは超高校級・・・いや、プロ級と言ってもいいかもしれん。それぐらいの子だ。本来、技術的にはほぼ完成しているはず。精神的なものと考えるべきでしょう。」

 名将はそう分析する。

 辻間東高校では初の全国制覇に王手を掛けた戦い。その快挙を目前にして、不動という怪物に夢を打ち砕かれたのは彼らの記憶に新しい。それもノーヒット・ノーランというこの上ない屈辱的な形でだ。

 人一番責任感が強く、負けず嫌いな晃司はその影響も誰よりも強く受けてしまっていたのだった。

「おそらく・・・彼の高校3年間で・・・今が最大の壁でしょうな。」

 チームは非常事態といっていい。しかし、名将に焦りの色は見られない。まるで他人事のように淡々と語る。

「もし・・・夏までに元に戻らなかったら・・・・・・。打順を変えるとか・・・。」

 堤がそう聞くと、名将は睨み返すように振り向き、また晃司のバッティングの方に目を戻した。彼の頭の中には4番・沖田晃司以外ない。

 それから、またしばらく打撃練習を見つめていたが、いくらか時間が過ぎたのち晃司に声を掛けた。

「沖田、そろそろあがれ。」

 晃司としては、つかめるものが得られなかったので不満だったが、名将の口調は静かながら拒否を許さない強さがあったため、しぶしぶ片付けの準備を始めた。

「くそっ・・・!!」

 その様子をにやにやして見ていたのが、晃司と並ぶ東高のスラッガー松島である。以前の美咲たちとの練習試合では特大ホームランを放った男だ。

「さすがの天才・沖田様も賞味期限切れっスかねぇ。」

「・・・・・・なんだと・・・・・・。」

「おお、こわ。まあ、そうカリカリすんなって。4番はオレが務めてやるからよ!」

 晃司の肩をドンと叩いて、大男は高笑いしながら去っていった。

「・・・・・・・・・。」

「こ、晃司。松島君の言う事なんか気にしなくていいわよ。誰だって調子の悪い時はあるじゃない。ね。」

 打ち震える晃司に声を掛けたのは女子マネの絵理子である。

 彼女は晃司を心配し、つとめて明るく振舞っていた。

「ねえ、晃司。この前おいしいパフェのあるお店見つけたの。帰りに寄ってみましょうよ。」

「ああ・・・。」

 晃司からは気の無い返事しか返ってこない。

 水道で顔を洗い終わった晃司に恐る恐るタオルを渡しながら尋ねる。

「やっぱり・・・あの試合の事考えてるの・・・?」

 絵理子の言葉に、にわかに晃司は顔をこわばらせた。

「ホラ、あの時はきっと調子が悪かったのよ。それで、相手もたまたま調子が良くて・・・。いつもの調子なら晃司が負けるはず・・・」

「やめてくれ!」

 自分でも驚くほど大きな声で怒鳴ってしまった。

「ご・・・ごめんなさい・・・。」

「あ・・・いや・・・。」

 絵理子が目に涙を浮かべたのに気付いて、思わず晃司も取り乱した。

「ご・・・、ごめん・・・。」

「ううん。いいの・・・。」

 申し訳ない顔をして謝まった晃司だが、そのあと再び前の表情に戻ってしまった。

(見てろよ、不動・・・・・・。オレは絶対・・・・・・)

 そんな晃司を絵理子は寂しい気持ちで見つめていた。

(こんな時どうしたらいいんだろう・・・。私は晃司にかける言葉を知らない・・・。)

 恋人の助けになれない自分に情けなさを感じずにいられない。

(あの人なら・・・、あの人なら、こんな時どんな言葉をかけるのかしら・・・。)

 絵理子は空を見上げた。





「あーもー!いっつまでも過ぎた事うだうだ抜かしてんじゃねーよ!」

 交差点で美咲の怒声が飛んでいた。

「だってぇ〜、今の神田先輩、絶対遅出しだよぉ〜!オレがグー出してからパー出したもん。」

「おっとぉ、順平クン言いがかりはいかんなぁ。オレはちゃんと一緒に出したってばさ。」

 4人分あわせて480円の出費である、なかなかバカにならない。

 最初に明彦が勝ち抜けて、次に美咲。最後に残った二人の最終決戦で、わずかに神田の手が遅かったのだった。

     

 その結果、順平は3人にニューアクエリアスをおごる羽目になった。

「ねーちゃん!明日の帰りまたやろう!リベンジだ!!」

「あー、いーとも。また負ける覚悟はしとけよ。」

 順平も負けず嫌いは美咲譲りだった。



 明日からは本格的に部員集めが始まる。


 

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