seen30 勝負の年明け

 


 彼女のどこに惹かれるのだろう。

 自分とは明らかに正反対のタイプ、何もかもが違う。

 態度はでかい。

 言葉づかいは悪い。

 もちろんおしとやかなわけがない。

 傍若無人。高慢。

 横柄。わがまま。自分勝手。

 気が強すぎる。

 天邪鬼。

 このように挙げれば無尽蔵に浮かび上がるマイナスイメージ。

 しかし、そんな誰もが忌み嫌う要素全てをひっくるめても、むしろそれが可愛いと感じている自分に気付いた時、彼は恋を自覚した。

 

 強いようで弱く、弱いようで強い。

 厳しいようで優しく、優しいようで厳しい。

 冷たいようで温かく、温かいようで冷たい。

 彼女はそう言う意味で全く掴み所がない。

 ただ一つ確実なのは、彼女と居る時間が一番楽しいという事である。

 そんな事を考えているうち、彼は目的の場所に着いた。

 

 

 

「何でぇ。お前もか。」

 不意に声を掛けられて振り返ると神田が立っていた。

「あ、神田君。あけましておめでとう。」

 神田は「おう」と返し、またブツブツ言い出した。

「せっかく初詣デートだと思ったのにな・・・。」

「美咲さんがそんな器用な提案できるわけ無いでしょ。」

 ガッカリする神田を苦笑しながらなだめる明彦。

 事の発端は実に単純である。

 携帯電話に美咲から初詣行くぞ。と一言だけメールがきたのだ。

 余計な枝葉をつけず、本題のみバシッと伝えるメールは美咲のいつものことなのだが、神田はどうもお忍びデートではと無駄な期待をしたらしい。

 

 

 

 ピンポーン。

 

 インターホンの音を鳴らすと、中から「はーい」という返事があり、優しそうな女性が玄関先に顔を出した。

「あ、はじめまして。野球部の・・・」

「立花君と神田君ね?あけましておめでとう。」

「あけましておめでとうございます。」

 明彦はおそらくこの女性は美咲の姉だと思った。

 美咲に良く似ているが表情は美咲に比べかなり穏やかで美人だ。

 神田に至ってはすでに目を奪われていたりする。

「僕らのことご存知で?」

「ええ。もう毎日のように美咲から聞いてるから。」

「そうなんですか?」

「あの子、去年までは本当に他の子達と付き合い無くてね。晃司くんと明美ちゃんぐらいかな、友達って言えそうなのは。そんなあの子が、最高の友達が二人も出来たって、最近すごく明るくなったから私も嬉しいの。ありがとうね。」

 そう言ってにっこり微笑まれると、明彦も神田も思わず赤面してしまう。

 自分の知らないところで美咲が自分をそう評価して話題に出してくれていた事を知り、嬉しくもあり多少こそばゆくもあった。

 そう話してるところに聞き慣れた声が会話をさえぎった。

「よっ、よけーな事言ってんじゃねーよオフクロ!!」

 狼狽した様子で2階から美咲が降りてきた。

「あら、言っちゃいけなかった?」

「というか、そんな事実はねえ!お、お前らも真に受けるなよ!」

 真っ赤になって否定する美咲。

「えーっ!!?美咲さんのお母さんなの!?」

「オレてっきり姉さんだと思ってた!!」

 神田もやはり姉だと思っていたらしく驚きをまともに顔に表していた。

「あらやだわ、二人ともお上手ねぇ。」

「何が姉だ、来年40・・・」

 言いかけて美咲は笑顔を崩さない母親にゲンコツをもらっていた。

「おう?なんだなんだ、にぎやかだなぁ。」

 そうやって騒いでると、野太い声とともに奥から体格のいい強面の男性が姿を現した。

 いかにも渋いいかつい感じで、威圧感すらびしびし感じさせる。

「そんな寒いところで喋ってねえで、あがってもらったらどうだ。」

「あー、親父。いいよ。どうせ今から初詣行くところだしさ。」

(おお・・・。これが美咲の親父さんか・・・。なるほどなぁ。)

 神田は思わず感心した。何しろ物凄い貫禄である。

 体の大きさは神田とそう変わらないのだが、神田には自分よりもはるかに大きく感じた。

「なんだ、そうか。じゃあ、ちょっと待ってな。」

 そう言うと美咲の父は部屋に一旦戻り、しばらくしてからまた姿を現した。

 どすどすと足音を立ててこちらに歩み寄ってくる。

「お前らが立花と神田だな?」

 低い声でこう問われると思わず明彦も神田も背筋をビッと伸ばし「はい!」と叫んでいた。

「うちの馬鹿が迷惑かけてすまねえな。まあ、取っとけや。」

 渡されたのはお年玉だった。

「あっ、ありがとうございます!!」

「おいおいおい!親父、オレにはくれねーくせに!!」

「がっはは!おめーは養ってやってるだけでもありがてえと思え。」

「なんてヤローだちくしょー。」

「おらおら、拗ねてねえで、さっさと初詣いって来い。」

 ブツブツ言いながらも美咲も靴をはいて外へ出た。

「あれ?そういや順平は?いつもは一緒に行きたがるくせに。」

「今年は野球部のお友達と一緒に行ったわよ。」

「ふーん。」

 順平とは美咲の弟のことである。

「わりいわりい。よし、じゃあ行こうぜ。」

「おう。」

「うん。」

「気をつけてね。」

 美咲の母親に見送られて3人は神社へ向かったのだった。

 

 

 

「しっかし、凄い貫禄だな、お前の親父さん。」

 神田は今のやり取りだけで、すっかり美咲の父に傾倒してしまったらしい。

「そうか?別に普通だと思うけどな。」

「それは、一緒に住んでるから感じないだけだと思う。」

「アキの言うとおりだ。ありゃあ、一世一代の英雄だぜ。」

 あまりに褒める二人の言葉に、悪い気はしないものの、妙にむずがゆい美咲だった。

「親父さん、何の仕事してるんだ?」

「んー?ただの郵便局員。」

 あまりのイメージの違いに明彦と神田はずっこけそうになった。

 

 

 

 そんな話をしているうちに神社に着いた。

「うわー、やっぱり、凄い人手だな〜。」

 やはり神社は人、人、人でごった返していた。

「こりゃー、相当待たされそうだぞ。」

 うんざりする美咲とは対照的に二人は嬉しそうだった。

 美咲と一緒にいられればどうでもいいらしく、長ければ長いほどありがたいようである。

 しばらく駄弁っていたら、自分達の後ろに次々と並ぶ人が増えていく。

 その中に美咲は見知った顔があるのに気がついた。

「お、晃司じゃん・・・。」

 晃司は晴れ着を着た絵理子と二人でやって来ており、どうやら正月デートといったところだろうか。

「よし、挨拶してこよう。冷やかすとも言う。」

「おいおい。」

 人込みを分けて後ろに戻る。向こうもこちらの存在に気付いたようだった。

「美咲・・・!」

「霧野さん?」

「よう、あけましておめでとう。」

「ああ、おめでとう。」

 思いがけないところで会ったので、向こうも少し困惑気味である。

 美咲に会ったとたん、絵理子が晃司の腕にぐっとしがみついた事には美咲は気付かなかった。

「そういや晃司のところは地区大会優勝だったから春の選抜は間違いなしなんだったな。」「ああ、誰かさんが出てこなかったからな。」

「そーだろそーだろ。」

 晃司のお世辞は間に受けて威張る美咲。

「優勝・・・できるといいな。」

 幼い頃の約束である甲子園出場、そして全国制覇。それはお互い忘れていない。

 二人にしか分からない誓いへの思い。

 そんな空気に絵理子は胸を締め付けられた。

「き、霧野さんは誰と来てるんですか?」

「ん?舎弟。」

 予想通りとはいえ、その言葉を聞いて明彦と神田はちょっぴりがっかりした。

「まあ、春はそっちにゆずってやるよ。夏はオレたちのもんだからな。」

 エールのつもりでも素直に言えず、どうしても挑発的になってしまうのは美咲の悪い癖だ。

 晃司がそれに対して言い返そうとするより早く絵理子の方が言い返していた。

「夏も、勝つのはうちです!晃司が負けるわけないもの!!」

 予想外のところからのカウンターを受けてさすがの美咲も少したじろいだ。

 そして、絵理子が晃司の方をキッと見据えて、晃司もはっとしたようだった。

「そう言う事だ美咲。今のオレとお前は敵同士。これ以上話すことはない。」

 絵理子はぐっと美咲を睨みつけるような目で見ている。

「晃司・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「あっはは。いい子見つけたなぁ晃司、大事にしてやれよ。」

 そして、絵理子の挑戦的な目線には逆に笑顔で返した。

「・・・・・・・・・!」

「じゃあ、またな、晃司。」

「ああ・・・。」

 結局これ以上晃司達と言葉を交わすことはなかった。

 

 

 

「やれやれ、ずいぶん待たされたなー。」

「すごい人手だったね。」

「ところでお前ら、ちゃんと全国制覇願ってきただろーな。」

 美咲の鋭い質問に二人は身体を震わせた。

「も、もちろんじゃねーか、なあ、アキ。」

「う、うん。当然じゃない。あははは。」

「それならいい。でも、もし本当は別の願い事してて全国制覇できなかったらお前らのせいだかんな。」

 疑惑の目線を解いてくれない美咲に二人は渇いた笑いを返すしかなかった。

(か、神様。すいません、願いを二つにしてください。)

(ぜーたくだとは思いますが、ふたつとも叶えてください、そうじゃないと生命の危機ですんで。)

 そして、美咲は全国制覇を達成するために避けては超えられない壁の事を考えていた。

「ところでよぉ、美咲。」

「ん?」

「何でお前は着物着てこねーんだ。楽しみにしてたのに。」

「結局お前はそーゆーことしか考えてね―のか!!」

「ぐええええ、苦しい、ギブアップギブアップ!!」

 そんな二人を見ながら明彦は一つ大きな不安を抱えていた。

(全国制覇を語る以前に・・・、本当に今の戦力で大丈夫なんだろうか。人数すら一人足らないぐらいなのに、長丁場の戦いに対応していけるんだろうか。)

 全国制覇への道のりが辛く長い茨の道であることを予感し、明彦は沈鬱な気持ちになった。

 

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