seen24 名門VS弱小

 

 美羽高校野球部は大阪に向かっていた。

 練習試合を申し込んできたのはBL側だが、設備や、やはりチームの格や伝統からいって美羽の方が足を運ぶべきだと水渕は思ったのである。

「ブッチ先生。チームを引退する僕らが出ていいんですか?」

 尋ねたのは甲斐。荻原と甲斐は3年生で、大会が終わったのでこの夏合宿で引退する事になる。

「お前らに出てもらわないと人数が足らんからな。」

 近藤の怪我はまだしばらくかかりそうで、荻原、甲斐の二人が居ないと人数はたったの7人になってしまう。やはり出てもらうしかないのだった。

「それにしても、まさかあの名門BLと試合する事になるなんて…。」

 明彦は早くも顔が紅潮している。

 美羽高にとってはBLは雲の上の存在である。

 以前辻間東と試合する事になった時以上の衝撃があった。

  

 BL学園に到着。

 グラウンドの広さ、設備に至るまであまりに違う環境に圧倒される。

「すげえ…な、こりゃ……。」

 これには美咲も目を白黒させている。

「名門は違うね。良い選手を全国から集めて、優秀な指導者を監督につけて、最高の環境で選手を野球漬けで鍛えてるんだから強い訳だよな。」

 それにひきかえ、練習試合でパイプ椅子を監督用と部長用の2つ用意するだけの自分たちとのあまりの違いにため息するのだった。

「こういう人たちと戦って…、僕らが勝てるんでしょうかね……。」

 香田が不安そうにこぼした。おそらくみんなも同じ心境に違いない。

 その香田の背中を美咲が強く叩いた。

「よけーな心配すんなって。この試合が終わるころにゃ、そんな不安は吹っ飛んでるさ。」

 さすがに自信家の美咲は設備に驚いても気負いはしない。しかも暗くなったチームを盛り上げるカリスマがある。

(やっぱり次の主将は美咲しか居ないな。)

 その光景を見て水淵はそう確信するのだった。

 

「やっほー、美咲っち!」

 突然女生徒の声が聞こえた。振り替えるとあかねが居た。

「んあ!?何でおめーがここに居るんだ!?」

「決まってるじゃん!応援よ、おーえん!今日の美咲っちの試合にあたしの運命もかかってるんだから。」

「学校はどーしたんだよ。部活か補講ぐらいはあるだろ?またサボりか。」

「美咲っち、先生みたいなこと言わないの。不良らしくないよ!」

 不良と言われて美咲は少しムッとなった。

「オレは別に不良じゃねえよ。」

 しかし美咲がそう言っても、その後ろで全員が横に首を力一杯振っているので、あかねは思わず吹き出した。

「美羽高のみんな、はじめまして!あたしは首里商の新田でーす!よろしくね!」

 あかねはそんな美咲を尻目に美羽の部員達に挨拶した。

「あ、こんにちは〜〜!!」

 おもわずにこやかに挨拶を返す部員達。これだけ友好的に挨拶されたのだから、彼らも気分が悪いわけがない。

「みんな今日は頑張ってね、応援してるからね〜!!」

 チームがあっさりとあかねのペースに巻き込まれている。明彦も顔を赤くしているし、神田もどことなくだらしない顔をしている。

「ち…。デレデレしやがって。」

 何だか面白くない美咲であった。

 

「おお、来たで。名古屋からはるばるご苦労さんやな。」

 BLの野球部員達がグラウンドにあらわれた。

「その霧野いうんはどいつや。」

「あれやろ。あの髪の長いコ。」

 彼らの一人が美咲を指さす。

「あれ?一緒におるん、新田ちゃうか?オレ、テレビで見たで。」

「なに、両方いるのか!?」

「フク、お前どっちが好みや?」

「オレ?オレは新田だな。霧野はなんかキツそうじゃん。あーゆーのは苦手だね。そういうお前はどっちなんだよ。」

「オレか!オレは霧野に決まっとるやん!全日本ロングヘアー推進委員会の会長やで、オレは。」

「いつ作ったんだそんなモン!」

「チッチッチ。突っ込み甘いて、フク。“会長はオレやないか!”ぐらいのヒネリを効かさんと、ええ芸人にはなれんで。」

 芸人なんて目指しているつもりはないが、これ以上彼に話を合わせていると収拾がつかないので無視することにした。

「なんや、無視か。冷たいなー。ま、ともかく挨拶してくるわ。」

 

 先ほど芸人の道について熱く語っていた全日本ロングヘアー推進委員会会長が水淵に挨拶した。

「こんにちはー。今日はよろしゅうお願いします。監督ももうすぐ来る思いますんで。」

「こちらこそよろしく。君は新しい主将かな?」

「はい、2年の森いいます。」

 そう言うと美咲の方を見て、

「あんたが美咲ちゃんやな。今日はお手やわらかに頼むわ。」

と手を差し出した。

 美咲が握手に応じると、

「あんま本気出さんといてな。アンタが本気出したらオレらよお打たれへん。」

とおどけてヘラヘラ笑った。

 それを侮辱と受け取った美咲は森の手を思い切り握り返した。

「あたたたたた!!いったいなぁ!何すんのん!」

「るせえバカ!今日は絶対負けねーぜ!!」

 そう吠えると、一転して笑った。

「ちぇ。一本とられたわ。でも試合はこうはいかへんで。」

 森も苦笑いで返した。

 

 

 美羽高野球部も着替えてグラウンドに入り、ウォームアップを始める。

 その様子を眺めるBLの選手たち。

「森、どうだった。」

「ああ、フクの言う通りやった。」

「オレの?なにが。」

「霧野はマジキツイわ。」

「はははは。そうか。やっぱりキツイか。」

「マウンドでもあの性格やったら苦戦しそうやな。」

「ははは。」

「あ、監督来よったで。そろそろオレらも練習始めんとどやされるで。」

 現金なもので、監督の浅利がグラウンドに姿を見せるなり、選手たちは慌ただしく練習を開始した。

「浅利君、邪魔するよ。」

 練習を見つめるBLの浅利監督のところに藤岡スカウトがひょっこり現れた。

「あ、藤岡さん。来てらしたんですか。」

「うむ。それにしても今回はすまんかったのう。無理な頼みを聞いてもらって。」

 藤岡が頭を下げるとあわてて浅利は手を振った。

「いやいや。他ならぬ藤岡さんの頼みですからね。それに藤岡さんがそれだけ入れ込んでるほどのピッチャーと対戦するのは、ウチの選手にもいい勉強になるでしょうし。」

「そう言ってくれるとありがたいよ。にしても夏の大会は惜しかったのう。」

 BLは地区大会決勝で逆転負けを喫し甲子園の切符を掴めなかった。課題は終盤の抑え投手の不在であろうか。

「いや、結局は力不足だったということです。しかし今の1、2年は力のある子も多いし、まあ次を楽しみにしていて下さいよ。」

「ほう。威勢がいいのう。じゃあ、今日はその自慢の選手もじっくり見させてもらおうかな。」

 

 練習試合開始時刻の10時には、相当数の報道陣が詰めかけた。

「すごく集まったね、美咲さん。」

 明彦はどことなく緊張ぎみである。

「ちょーどいいじゃねーか。ウチの強さをアピールするチャンスだ。」

(どうやったらそんなに強気になれるんだろ…。)

 心臓に毛が生えていそうな美咲を羨ましく思った。

「オーイ!美咲!アキ!整列するぞ、早く来い!!」

 両チームが試合前の挨拶で整列する。

 美咲は平然としているが、他の選手たちは近くで見る名門校の選手たちの体格の良さに圧倒されているようだった。

(で…、でけえ…。神田みたいなのがゾロゾロ居るぞ……。)

 味方の動揺に美咲は顔をしかめた。

(あーあ、早々と呑まれちまいやがんの。)

 挨拶を終えてベンチに戻る。美羽は先攻である。

「今日がこのメンバーでやる最後の試合になると思う。相手は名門の1軍で、しかもこれだけ報道陣に注目されてる。最高の舞台じゃないか。思い切り楽しんでこい。」

 円陣を組んで水淵がゲキを飛ばし、刈谷からバッターボックスに入る。

「近藤、相手ピッチャーのデータ無いか?」

 申し訳なさそうに水淵が近藤に訪ねる。まさかこんな県外の名門校と対戦するとは思わなかったので、3年生はともかく2年生のデータまでは間に合わなかったのだ。

「すいません、BLのデータまではちょっと…。」

 それは近藤も同様だった。

 ところが、あかねがフェンスの外から声をかけてきた。

「相手のピッチャーは矢沢誠一。右投手。速球は大体135キロ前後。得意球はスライダーでコントロールにも自信を持ってるみたいよ。どちらかと言えば打たせてとるタイプかな。」

「へえ、よく調べてるな、新田。」

 美咲が感心した。

「甲子園の常連校だからね。いつか戦うことになるかもしれないもの。当然よ。」

「うぐっ…!」

 痛いところを突かれてうめく美咲。

「ま…、まあ、そんな事より。ついでに相手打線の情報も教えてくれよ。」

「いいよ。えっとねぇ…、BLは打撃型のチームで、打線は1番から9番まで穴がないわ。左右に強力なバッターが並んでるし、足だって速いよ。」

「でも今日は3年は試合に出ないらしいぜ。」

「3年生は抜けてるけど、1、2年も層が厚いし、特に上級生を差し置いてこの夏からレギュラーになってた、福宮、森、秋田の3人がクリーンアップに座ることは間違いなさそうよ。」

「ふーん。打撃型で1〜9番まで穴無し、クリーンアップは要注意か。」

「あまりに隙のない打線だから、ハリケーンなんて異名がつけられてるよ。」

「ハリケーン?」

「ハリケーンが通った跡がボロボロになるように、ピッチャーが徹底的に打ちのめされるって意味だってさ。」

「おもしれーじゃねーか。だったらウチはビッグバン猛虎いてまえミレニアム赤ヘル水爆マシンガン強竜打線…」

 あかねと喋っていたら水淵に怒鳴られた。この間に2人倒れたらしい。

「美咲!何やってるんだ!次はお前の打順だぞ!!」

「いっけねえ!オレ3番だった!」

 結局美咲も倒れて初回の攻撃は3者凡退であった。

 

「んじゃ、そのハリケーンとやらの破壊力を見せてもらいまひょか〜。」

 注目の女性投手登板、さらに相手は高校球界にその名を轟かせているBLハリケーン打線ということで、報道陣の動きも慌ただしくなる。

(相手のデータが無いからな…。ともかく、内角で一発ビビらせておくか。)

 美咲は初球は内角のボール球になるストレートを投げた。これで威嚇することで相手打線に対して精神的優位に立つためである。

 しかし、バッターは仰反るどころか大してひるむ様子もなく悠然と見送った。

「ボール!」

 相手打者は美咲の速球を見ても別段驚く様子もない。

「OKOK!いい球来てるぜ!」

 しかし神田がこう言うのだから、おそらくいつも通りか、いつもより球は走っているのだろう。

「むう…。さすがは名門校ってトコだな。」

 相手が何らかのリアクションを出してくれれば次の攻め方も自然と決まってくるのだが、こうなるとデータが無いだけにどう攻めて良いものか困るところである。

(とにかく低め低めで打ち取っていくか。さすがにバッタバッタと三振が取れる相手じゃないだろうしな。)

 美咲が投じた次の低めへのストレート。

 相手打者はそれを強振してきた。

 ボテボテの内野ゴロ。ショートの甲斐のところへ転がっていく。

(よし、打ち取った!)

 しかし、打ち取ったと思っていた打球が想像以上に速かった。

 回り込んで捕球し一塁に送球するつもりだったのに、必死で食らい付いてかろうじて外野へ抜けていくのを止めるのが精一杯だった。

 急いで起き上がって送球しようとしたときにはバッターランナーは1塁を駆け抜けていた。

「………!!」

 さすがの美咲も驚愕した。

(打球の速さが今までやった相手とは段違いだし、足も速え。甲子園常連校ってのは、こんなのが1番から9番まで並んでるのか…!?)

 

「これが名門校の打球かぁ…。打ち取ったと思っても確実にミートしてるわ。強力打線の看板は伊達じゃないわね。」

 あかねはメモを取る手を止めてマウンドを見た。

「美羽の野手たちは報道陣に囲まれたこの雰囲気に戸惑って動きは固いし、その上これほどのビッグネームのチームと対戦するのも初めてでしょうね。うふふ。さあ美咲っち、どう切り抜けるかしっかり見させてもらうよん。」

 あかねの表情はさも楽しんでいるかのようだった。

 

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