seen18 彼女か?

 

「はい、俊也様。タオルですわ。」

「おう、サンキュー。」

 麗羅に渡されたタオルで汗をふく。

「おい、マネージャー。オレ達にも頼むよ。」

「あら、ゴメンあそばせ。はい主将、ご苦労様ですわ。」

「ああ、すまん。いやいや、お嬢様だからどうかと思っていたが、これがなかなか気が利くな。」

「ほほほほ。主将ったらそんな本当のことを。」

 おいおい。

 そこに美咲もやって来た。

「おい、結城。オレのタオル。」

「分かりましたわ、行きますわよ。」

 そう言って麗羅は美咲に投げたタオルは美咲よりかなり手前のところで地面に落ちた。

「……てめえ…。」

「あらあら。ごめんあそばせ。私は誰かさんと違ってか弱いですから届きませんでしたわァ。」

「だったら投げずに渡せ!」

「あらぁ。わたくしは美咲さんが少しでも早く汗が拭けるようにわざわざ投げて渡したんですのよ。それを…あんまりですわ!」

「そうだぞ、美咲!結城さんに何てこと言うんだ!!」

 神田の子分、宮本四郎と服部功一が口々に麗羅の肩を持つ。

「このクソガキャ!!」

「うへえええ!怖え!結城さんとはえらい違いだぜ!!」

「まだ言うか、このアゴ長とアゴ無し!!」

 …とまあ、こんな感じで美咲と麗羅の仲は良くなかったが、ともかく本当のマネージャーが出来た事に水渕は胸をなでおろしていた。

(いくらなんでも本番まで近藤を女装させる訳にはいかない。)

からである。

 すでに練習試合で美咲の顔は覚えられてしまっているので、美咲は今まで通り近藤誠として登録、近藤本人は適当にクラスメートの名を借りる事にした。

 

 その日の練習終了後、麗羅は神田に声をかけた。

「俊也様。このあと一緒にお食事しませんこと?おいしいフランス料理のお店を知ってますのよ。もちろん代金は払わせていただきますわ。」

「わりーな。今日は美咲達と帰りに食ってくんだ。」

「(カチン。)な…何を食べるのですか?」

「ラーメン。」

「ラ…ラーメン?」

「美咲の知り合いのおっさんがラーメン屋やってるらしいんだ。評判の店らしいぜ。あんたもどうだい。」

「フ…フン!そんな庶民の料理食べる訳ありませんわ!!」

「ふーん。じゃあ、しょーがねえな。」

「み…美咲さんなんて放っておけばいいじゃありませんの。」

「そーゆー訳にはいかんて。それにオレあんまりフランス料理とか好きじゃねえし。」

「(ガーン!!)。」

 硬直した麗羅を尻目に彼はさっさと美咲の方に行ってしまった。

「な…なんてデリカシーのない言い方なんでしょう、わざわざ麗羅様が誘ってくださっているというのに!」

「およしなさい。これくらいの事でへこたれませんわ。それにしても憎いのは霧野美咲……!!」

「麗羅様、どうでしょう。明日霧野の上履きに画鋲を入れておくというのは!」

「よろしい!さっそくやりなさい!!」

「……じょ…冗談だったのに……。」

 

「いやあ、美咲ちゃんお待たせ。」

「誰もてめーなんて誘ってねえぞ。」

「なにィ!?じゃあ、アキと2人きりになるつもりだったのか!」

「ええ!?そうだったの、美咲さん!」

「何でそうなる!こいつはオレの舎弟だから行き付けの店を教えてやろーと思っただけだ。」

「(だから、いつの間にボクは美咲さんの舎弟に…。)」

「だったらオレもだろ〜。あの決闘以来オレは美咲ちゃんの舎弟兼恋人じゃん。」

「誰が恋人だ!それにおめーは舎弟じゃねえ、下僕だ。」

「し…下僕…。」

 二人がかなり険悪なムードになったのを見てあわてて明彦が話題をすり返る。

「と…ところで美咲さん。そのラーメン屋さんておいしいの?」

「ああ。すげー美味いぜ。そこのおっちゃん、昔リトルのコーチやっててさ、よく練習終わったあとそのおっちゃんの親父が食わしてくれた。今はそのおっちゃんがやってるけどな。」

「へえ。じゃあ常連だね。」

「そうだな。よく晃司と食いに行ったよ。」

 そんな話をしながらそのラーメン屋に到着した。

「オッス、おっちゃん。久しぶり。」

「おう!何だミー助じゃねえか!!」

 威勢のいい声が返ってくる。まだ時間が早いせいか席はまばらである。

「随分顔見せなかったじゃねえか。ところでコウのヤツも来てるぞ。」

「晃司が?」

 そう言われて店の奥のほうを見ると男女の学生の姿があった。

 女子の方は知らない人物だが男子は間違いなく晃司だった。

「なんだよ晃司。おめーも来てたのか。」

 美咲が近寄って声をかけた。

「み…美咲…!?」

「ん…?この子は?」

「あ…、こ…こんにちは…。」

 眼鏡をかけたその女の子がおずおずと顔を上げる。

「ははーん。」

 美咲がにやりと笑う。

「彼女か?」

 美咲の一言に絵理子があわてる。

「な…そ…そんな事…!!」

 しかし、そんな絵理子とは対称的に晃司はきっぱりと

「そうだ。」

と言い切った。

 優越感にも似た感覚が晃司の中に広がる。

 ここでさらに美咲が寂しそうな顔でもすればかなり気分が良かっただろう。

 しかし、その快感は次の美咲のアクションによって木っ端微塵に砕かれた。

「おおーっ!やったじゃねーか、晃司!!」

 まるで自分の事の様に大喜びする美咲。

「晃司に彼女が出来たってよ!こりゃ乾杯しないとな!おっちゃん、オレンジジュース!」

「なに!?そりゃ本当か!あの内気なコウがなあ。ミー助、ビールの方がいいんじゃねえか!?」

「学生酔わせてどうする気だよ。」

 美咲がオレンジジュースの栓をあけて二人のコップに注いでやる。

「さあさあ。グッといこうグッと。」

 彼ら以外に客はいなかったが、さすがに絵理子は恥ずかしいらしく顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「良かったな晃司。可愛い彼女が出来てさあ。」

 美咲がそこまで言ったところで晃司が荒々しく席を立った。

「行こう、絵理子。」

「え…。でもジュース…。」

「いいから!」

 晃司は絵理子を引っ張る様にしてさっさと店を出て行ってしまった。

「あ…ご…ごめんなさい…。それじゃあ…。」

 絵理子も美咲にそう言って店を出ていった。

 さすがの美咲も呆気に取られてしまった。

「……おーい…。このオレンジジュースどうすんだよ…。」

 

「ちょ…ちょっと、どうしたのよ晃司。」

「………。」

 晃司はムスッとして口を利いてくれない。

 絵理子は美咲のことを思い出した。

(ひょっとして…あの人も…晃司のこと好きなのかな…。)

 そう思ってもう一度晃司の顔を見る。

 相変わらずムスッとしている。怒っているというより苛立っている感じだった。

(もしかして晃司も…。)

 ふとそんな事を考えて絵理子は首を振った。

 

「おい、ミー助。」

「あんだよ。」

「ちゃんとコウとあのメガネの娘の分の金払ってけよ。」

「………何でオレが…。」

「おめーがコウを怒らせて追い出しちまったんだろが。」

「何で。オレは二人を祝福してやったんじゃねえか。」

「ったく。コウもコウだがミー助はそれに輪をかけて鈍いな。」

「あぁ?なんだそりゃ。オレの反復横跳びの記録聞くかぁ?」

「それが鈍いっつーんだよ。」

「くそっ。気分悪りィ。おっちゃん、チャーシューメン大盛り。」

「オレも美咲と同じで。」

「ボクはみそラーメン下さい。」

 注文を受けてメンを茹でる。

「しっかし…、意外だったな。」

「何が。」

「てっきりオリャおめーとコウがくっつくと思ってたんだが…。」

「バカなこと言うなよ。」

「コウが女連れてきたと思ったら、おめーも二人男連れてくるたぁな。」

 そこに神田が口を挟む。

「いやいやオッサン。美咲の恋人はオレっスよ。となりのこのチビはオプション。」

「オプションってなんだよ〜。」

「このボケ!ドサクサにまぎれて根も葉もないウソ言うな!」

「おめえが、ミー助のコレェ?がははは。違うな、おめーはミー助のタイプじゃねえよ。どっちかつったら、そっちのちっこいボウズの方だな。」

「え、ボク?」

「おいジジイ!訳の分かんねーこと言ってねえでさっさとラーメン出しやがれ!!」

「分かった分かった。ったく、怖えなミー助は。そんなんだからコウに振られんだよ。」

「誰も振られてねえっつーの。ホント年取るとそーゆー話しかしねーな。」

「がははは。そりゃそーだ。おっちゃんはそれが楽しみで生きてんだからな。はい、おまっとさん。」

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↑良い子はまねをしないで下さい。

 3人それぞれラーメンを食べ終えて店を出た。

 美咲の言うとおりそのラーメンは絶品で、その美味さからか店を出る頃にはすっかり美咲の機嫌も直っていた。

 

 数日後、野球部員が集まった。

 全員集まったのを確認して水渕が口を開いた。

「抽選の結果を発表するぞ。最初の相手は朝日ヶ丘、1回戦の第1試合だ。」

「朝日ヶ丘?」

 明彦の問いに誠が答える。

「あんまり強いところじゃない。順当に行けば勝てるだろ。」

 しかし水渕の表情は厳しい。

「ただし、2回戦は…。シードの辻間東とだ。」

 それを聞いて全員の表情が凍りつく。まだ目を閉じればあの時の屈辱がよみがえってくるのだ。

 しかし当の美咲だけは正反対の反応だった。

「いいじゃねえか。この前の借りを返すチャンスがこんなに早く巡ってくるとはな。」

 そう言って美咲は不敵な笑みを浮かべる。

 前回力を出しきれずに打たれた。しかし、もう心乱す事はない。

 美咲にとって東高はとにかく一刻も早く対戦したい学校だった。

「とにかく最初の目標は1回戦突破だ。ウチは総合力は1回戦の朝日が丘より劣るんだ。気を抜かずに行けよ!」

 こうして大会に向けチームは最後の仕上げに入った。

 そして大会当日を迎える―――。

 

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