seen17 俊也様は私のモノですわ!

 

 東高との練習試合が終わってからというもの、美咲が強豪高には通用しない事で、チームの士気が低下してしまうのではないかという水渕の心配は杞憂に終わった。

 むしろ、美咲が打ちこまれる事もあるという事が、自分の力でチームを支えなければという前向きな気持ちをチーム全体に芽生えさせていた。もちろんその中心は、主将の荻原であり、神田である。彼にはムードメーカーとしての資質があるようだった。

 そのため、練習も今まで以上に身が入っている。

(賭けは…吉が出たみたいだな…。)

 水渕は目を細めた。

 美咲は先の練習試合で崩しかけたフォームを元通りに矯正して固める作業に入っていた。

「いいか、美咲。速球は上体で投げるもんじゃない。むしろ下半身の力で投げるんだ。足を大きく前に出して胸を張れ。腕も大きく振って出来るだけ前でボールを放せ。」

 状態に力が入りすぎると下半身がおろそかになるだけでなく、上体に余分な力が入って腕の振りも鈍くなるのだ。

 この前の試合で打たれたのは、初めは集中力の欠如、それで晃司に打たれた事で、上体に必要以上の力が入り最大の武器だったキレを失ってしまったからである。

「美咲。最近練習試合が多かったから、しばらく肩は休ませて走りこみ中心で仕上げていけ。」

 美咲は不満そうな顔をしたが、5年も使っていなかった肩を急激に酷使するのは危険と判断し、水渕の指示に渋々従った。

 

「と…いう訳だから。あーあ、つまんねーな。投げられないんなら今日の部活サボろっかな。」

 教室で机の上に足をでんと乗っけて美咲がボーっとしている。

「ダメだよ。下半身を鍛える様に言われてるんでしょ。しっかり走らなきゃ。」

「へいへい。」

 美咲が明彦と喋っているところに明美がやって来た。

「やほやほー。お二人さん。お熱いねえ。」

「な…ボク達はそんなんじゃ…!!」

「舎弟と喋って何が悪いんだ。」

「え…。ボクって美咲さんの舎弟だったの……?」

「まあ、そんな事はどうでもいいわ。2人とも新聞部恒例のアンケートやるから協力してね。」

「あれ?もうそんな時期か。」

「アンケートって?」

「あ、アキちゃんは今年来たばっかだから知らないんだったね。これはあたし達新聞部がやってるアンケートで全員に配ってるの。」

「へえ。」

「それでね、いろんな項目があるからそれに答えてほしいの。無記名だから遠慮なく正直に書いてね。」

「項目…。ああ、これか。恋人にしたい人…。」

「そう、それはあくまでもウチの学校の人だけでね。そうしないと、とんでもない人の名前を書く人が出てくるから。ウチの学校で居なければ一番好みに近い人を書いてくれればいいわ。」

「はあ…。」

「集計結果は次の美羽タイムスで掲示板に張るから見に来てね。」

「うん、分かった。えっと…、恋人にしたい人、恋人にしたくない人、………だ…抱きたい人!?ええーっ、こんな質問まであるの!?」

「当たり前じゃない。その抱きたい人、抱かれたい人が一番の目玉だもん。そこは絶対書かなきゃダメよ。何ならあたしの名前でもいいよ、キャハ。」

「何がキャハだ。」

「う…。美咲、ツッコミきついわね。じゃあ、あたしは他のクラスにも配ってこなきゃいけないから。じゃね。」

 そして台風の様に明美は去って行った。

「……うーん、どうしよう。」

 ペンを持って頭を抱え込む。そこで明彦は美咲と目が合った。

 ちょうど美咲は明彦のアンケート用紙を覗きこもうとしていた。

「わあ!な…なんだよ、美咲さん!」

「別に。後で言いふらしてやろうと思って。」

「ひ…ひどい。」

「こんなもん真剣に書く必要なんかねーよ。なんならモテそーにねえヤツの名前を書いて喜ばせてやれや。」

「それじゃ美咲さんの名前を書かなきゃいけない。」

「お前意外に勇気あるね。利口とは言えんがな。」

「美咲さんは今までそうやって書いたの?」

「ああ。去年一緒のクラスだったヤツで、女子全員から嫌われてる気の毒なオタクがいたから、そいつの名前書いてやった。」

「へえ。喜んでた?」

「そいつにオレの票だってバレてな、ずーっと付きまとってきやがった。多分新聞部からその票を盗んできて筆跡鑑定でもしたんだろ。」

「ス…ストーカーになっちゃったんだ…。」

「オレがいくら同情票だって言っても照れ隠しだって言いやがるんだ。」

「じゃ…じゃあ、今も付きまとわれてるの?」

「いや。神田けしかけてブチのめさせた。そしたら他の学校に逃げてった。」

「ひ…ひどい、ひどすぎる。」

「ひどいもんか。すげー迷惑したんだから。今年は相手を選ばないとな。何ならおめーの名前書いてやろーか。」

「ええ!?ボ…ボクの!?」

「嘘だバカ。こんなもんいちいち相手してられるか。」

「そ…そう。」

 明彦は少しがっかりした。

 

 その日の昼休み、神田は中庭で昼寝から目が覚めたところだった。

「ああ…。もう昼休みか。サボって居眠りしてると時間なんてあっという間だな。」

 学食へ向かおうと身体を起こした所で木の陰で女生徒3人が不良男子生徒数人に絡まれているのが目に飛び込んできた。

 3人のうち真ん中の女生徒なら見たことがある。

 結城麗羅。理事長の娘で、学校の男子生徒の憧れの的でもある美人である。

 あとの二人はその取り巻きだ。

「なあ、いいだろ。オレ達と付き合えよ。」

「何をするの!その汚い手を離しなさい!!」

「そんなつれねえ事言うなって。こう見えてもオレたちゃ紳士なんだからよ。」

「ひゃははは!おめー、それが紳士ってツラかよ!」

 不良達の悪ふざけが派手になってきた所で麗羅が大声で助けを呼んだ。

 教室から生徒達が顔を出すが、その不良ににらまれると全員ばつが悪そうに目をそらす。

「へへへ。誰も助けてはくれねえみたいだぜ。お嬢様よ。」

「くっ…!」

 麗羅は目の前のチーマーより関わりにならないよう遠巻きに見ている他の生徒達に憎しみを抱きはじめた。

 その時神田が間に割って入った。

「ダメっスよ。先輩。ナンパはもっとスマートにやんないと。」

「な…なんだよ、神田。おめーには関係ねーだろ。」

 どうやらその不良グループは3年生らしいが、いずれも神田に恐れを抱いている様だった。

「まあ、関係ねーっスけどね。正義の味方としては放っておけない訳で。で、どうします、先輩。デートならオレが付き合ってもいいっスよ。」

「く……!お…覚えてろよ…!!」

 ありきたりな捨てゼリフを吐いて不良達は逃げ出した。

「ヘン。誰がわざわざおめーらみてーな汚ねーツラ覚えるかってんだ。」

 麗羅の目は神田に奪われていた。

(こ…この人は…。誰もがあの人達を怖がっていたのに、この人はたった一睨みで退散させてしまいましたわ。)

「あー、腹減った。」

(この方は、わたくしの騎士様に違いないですわ!)

 神田が食堂へ行こうとすると麗羅が呼びとめた。

「あ…あの…!待ってください!」

「ああ?なんか用?」

「さ…さっきはどうもありがとうございました。なんとお礼を言っていいか。」

「お礼?別にいーってそんなの。目障りだったから追っ払っただけだからよ。」

 神田は早く食堂に行きたかったので、さっさと会話を切り上げようとこう言ったのだが、彼女はそうは取らなかった。

(ああ、なんて素晴らしい方なのでしょう。わたくしに余計な気を使わせないようこう言って下さるのですわ。)

「んじゃ。そゆことで。」

「ああ、お待ち下さい。せめてものお礼ですの。今日の昼食はわたくしが支払わせていただきますわ。」

 それを聞いて神田が反応した。

「え、いいの?」

「もちろんですわ。」

「ああ、そう!わりーなあ。じゃ、遠慮なくゴチになるかな。」

 交渉成立。

 しかし、2人の麗羅の取り巻きは難色を示した。

「(れ…麗羅お嬢様!この人は神田俊也といって、フダ付きのワルって噂ですよ!)」

「(そうです!あまり関わらない方が…!)」

 それを聞いて麗羅が憤慨した。

「(なんて事を言うのです!この方はわたくしの恩人ですのよ!今後そのような言い方をしたら許しませんわ!)」

「(も…申し訳ございません!!)」

 麗羅ははじめて見る男気のある逞しい男性に心惹かれてしまったらしい。

 

 昼食が終わったあと、明美は麗羅を発見した。

「あ、結城さん。アンケート書いてくれる?」

「フン、低俗なアンケートですわね。」

「はは…。(ちっ、殺す。)」

「まあ、いいわ。書いといてあげる。感謝しなさいな。」

「掲示板の所に投票箱置いてあるから、そこに入れといて。」

 明美はまた慌しく立ち去って行った。

「クス…。ちょうどいいですわ。われわれ3人で、俊也様を強力バックアップいたしますわよ。」

「え〜!?私達もですかァ!?」

「当然ですわ。」

「あたしは刈谷君の名前を書きたいです〜。」

 間髪入れず麗羅の氷の刃のような声が飛ぶ。

「何かおっしゃったかしら?」

「いいえ!麗羅様!神田さんの名前ってどういう漢字でしたっけ!?」

 こうして神田は組織票3票を獲得した。

 

 数日後。

「美咲さん。この前の結果が張り出されてるよ。見に行こうよ。」

「興味ねえよ。」

 そう吐き捨てながら美咲は席を立っていた。

「何だかんだ言って気になるんでしょ。」

「るせーな。てめーが誘うからわざわざ付き合ってやってるんじゃね―か。」

 掲示板の前には人だかりが出来ていた。

 全員目当ては美羽タイムス。自分の名前がないかどうか、あるいは自分の投票した人はどうか、友達はどうかと、かなりの話題になっている様だ。

 名前がランク入りされるには最低2票入っていなければならない。1票でも入った人全員を並べていては紙に収まらないからである。

「美咲さんは誰か書いたの?」

「言っただろ。白紙だよ。」

「ふーん。」

 明彦はちょっと期待していただけにがっかりした。

「おおーーーーっ!!」

 人ごみの中から叫び声が聞こえる。声の主は頭一つ分抜け出るぐらい背が高いので、すぐに神田であると確認できた。

「オレに両部門とも3票もはいっとるぞ!!」

 彼の言う両部門とは、彼氏希望と抱かれたい人部門である。どうやら組織票以外は1票も入らなかったようだが、知らぬが仏。

「美咲!入れてくれたんだな!」

「うわっ。見つかった。」

「これでオレ達両想いだな。」

「勘違いすんな!オレは白紙で出したんだ。」

「なに?じゃあ、他に誰が入れるって言うんだ。」

「わたくしですわ。」

 そこに麗羅が現れた。

「ありゃ。あんたは。」

「俊也様。喜んでくださって光栄ですわ。」

「ああ、そうか。あんたが入れてくれたんか。」

「ほほほ。毎回トップのわたくしに相応しいのは貴方様だけですわ。」

 麗羅は今までのアンケートで毎回彼女にしたい部門、抱きたい部門の2冠を達成している。そして、今回もそうであると自信があった。

「見て御覧なさい。今回も彼女にしたい部門、わたくしが318票でトップですわ。」

 美羽高校は全校で721人、男子生徒は401人である。堂々半分以上のシェアを占めた訳だ。

(自慢すんなよなー。横にたったの2票しか入ってね―ヤツがいるんだからよ。)

 もちろん美咲に入れたのは、明彦と神田の二人だけである。

「あらー。美咲さんの名前はどこにあるのかしら?あら、ごめんなさい。まさかあんなに下の方とは思いませんでしたわ。」

「ほっとけ。」

「あらー、彼氏にしたい部門の方では、3位につけてますのねぇ。」

 美咲はどうやら同性の票をかなり稼いでしまったらしい。それもベスト3に入ってしまってはある意味屈辱である。

「ぐぐぐぐ…。」

「ほほほほ。さて、次は抱きたい人部門ですわね。当然トップはわたく……。」

 その瞬間麗羅の表情が凍りついた。

「す…!すごいや、美咲さん!ぶっちぎりのトップじゃない!!」

 なんと美咲は2位の麗羅に200票以上の差を付けてトップだった。普段近寄りがたい美咲だけにこういう部門では強いようだ。

「………いや、喜ぶ事じゃねーと思うが…。要するにさっきの二人以外はみんな身体目当てって事じゃねーか…。」

 その上、抱かれたい人部門でも5位につけていた。

「…こ…この学校…危険過ぎる…。」

 こんな部門で勝っても美咲は嬉しくなかったが、負けた麗羅は収まらなかった。

「くっ…。ほほほほ!美咲さん。要するに貴女は心は愛されてないって事ですわね。お可哀想に。貴女を真剣に好いてくれる方は、二人しかいらっしゃらない様ね。ほほほ。」

「るっせーなぁ。たかがこんなアンケートぐれーで。」

「そうそう。美咲ちゃん、気にする事ないよ。その二人のうちの一人はオレだからさ。」

「なっ…!と…俊也様…!?」

 愕然とする麗羅に二人の取り巻きが追い討ちをかける。

「そうですよ。知らなかったんですか麗羅様?俊也様は毎日の様に霧野さんに交際を迫っていたじゃないですか。」

「美羽高名物ですよ。ねー。」

「そ…そんな…。み…認めませんわ……。俊也様が貴女如きを好きだなんて…。」

「恥ずかしーからそんな大声で言うなよな。欲しけりゃくれてやるよ、こんなモン。」

「こ…こんなモンって…。」

 しかし、この美咲の言葉は逆効果だった。

「きぃいいーーーっ!!何という言いぐさ!こんな屈辱初めてですわ!覚えてらっしゃい霧野美咲!!この借りは必ず返しますわよ!!これは、女と女の戦いですわ!!」

「おいおい……。」

 何やら強引に美咲は麗羅の恋敵にされてしまった。

「うれしーなあ。美咲ちゃんがオレを取り合ってくれるなんて。」

「黙れボケ!もとはと言えばてめーのせいだろーが!何とかしろバカ!!」

「はははは。照れるなよ、美咲ちゃん。」

「照れてねえ!うぬぼれるな!!おめーなんか大嫌いだ!!」

 そして、明彦は完全に忘れ去られた。

「あ…。ボクにも4票入ってる…。」

 

 そして、その日の部活の時間。水渕から重大な報告があった。

「えー。新しくマネージャーが入る事になった。結城麗羅クンだ。」

「ゲッ!!」

 美咲、神田、明彦の3人が思わずハモってしまった。

「結城麗羅です。よろしくお願いします。ね、俊也様。」

 そして、この麗羅が美羽高校野球部にとって今後大変な爆弾となるのだった。

 

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