seen13 王者の挑戦状

 

 美咲の奪三振ショーはなおも続いた。

 5回終了まで、打者15人に対し、被安打ゼロ、与四球ゼロ、奪った三振は9つ。

 それも先発野手全員から三振を奪っている。

 さらに、6回の表に神田のゴジラクラッシュが炸裂してスコアは2−0となっていた。

 そしてその裏である。矢富は円陣を組んだ。

「お前らの力はこんなものか!確かに10点差というのは間違いだったかもしれん。だが、美羽に負ける様では甲子園など夢のまた夢だぞ!!」

 江口の怒声が響く。

「狙い球を絞れ。何でもかんでも振りまわすな。いくら速くてもボールは必ずプレートの上を通るんだ。気持ちで負けたら打てるものも打てなくなる。」

 

 マウンドには美咲と神田が話し合っていた。

「へへっ。慌ててるぜあいつら。気合入れたからって打てるもんじゃねーだろ。」

 神田はすでに勝利を確信しているかのようだ。

 ここまでの美咲のピッチングを見ればだれもがそう思うだろう。まして神田は一番近くでその球を一番多く見ているのだ。

 しかし、美咲は慎重だった。試合のブランクはあるが、危険を判断する勘は鈍っていなかった。

「いや。そろそろパターンを変えた方がいいな。さっきの回からファールが多くなってきてる。目が慣れてきた証拠だ。」

「そうかあ?こーゆー時はイケイケでいいんじゃねえの?」

「オレの変化球がどれだけ通用するかも試しておきたい。」

「うーん。まあ、そう言うんだったらいいけどよ。スライダーが帽子で、フォークが袖だったよな。」

「そうだ。さりげなくやるからな。見落とすなよ。」

 

 相手打者がボックスに入る。今までとは気迫が違う。それは表情に表れている。

 初球のストレートを狙い打ち、打球はフラフラッとあがりショート甲斐の頭上を越えてヒットになった。

 待望の初ヒットに盛り上がる矢富ベンチ。

「うーん。あーゆー打球はノックじゃなかなか練習できんからなあ。」

 首を傾げる水渕。

(さて、ランナーを出して美咲がどういう投球を見せるかな。)

 まずは、ランナーにけん制球。

 ファーストの宮本はまだ経験が浅いのでどうも危なっかしい。

 ランナーを刺すどころではなかった。

 美咲はけん制をあきらめて打者勝負に決めた。

 今日初のセットポジション。多少球威はおちるがコーナーを突けばさしたる問題はない。

 ストレートで2球コーナーを突き2ナッシング。

「2−0か。あのピッチャーの性格を考えると3球勝負だろう。エンドランのサインを出そう。」

 その雰囲気を美咲は感じ取った。

(よし、ウエストするぞ。しっかり刺してくれよ。)

 そして外へ大きく外す。

 が!

 神田はそんな美咲の意図が分からない。ボールは神田のはるか横を通過していった。

「いけえーーー!!走れ、走れ、走れ!!」

「テメ――!このバカ!なにやってんだ!!早く拾ってこい!!」

「バッキャロ、てめーこそどこ投げてんだ!!」

 ランナーには一気に3塁まで進まれてしまった。

 ベンチで水渕がひっくり返っている。

 

「へ、あれってわざと外したの?」

「しまったな…。サインを決めとかなきゃいかんかった。」

 これは美咲の責任である。即席キャッチャーの神田にそんなサインプレーはまだ無理だ。

 最初に思った通りにランナーを無視して打者勝負すべきだった。

(つい、晃司とやってるつもりになっちまった。)

「まあいいや。スクイズがあるかもしれん。スクイズだったら、無理せずに1塁に投げろ。それでもまだ1点リードだ。」

「わかった。」

 案の定バッターはスリーバントを強行してきた。しかしそう簡単に美咲の球をバントできる物ではない。ピッチャー前の小フライになった。

 次のバッターもスクイズ。今度はうまく決めた。神田は言われたとおり1塁に投げて2アウト。

 これで2−1の1点差。やや、矢富ベンチが活気付いてきた。

 しかし、美咲にとってはこんな事は予定通り。むしろランナーがいなくなって楽になった。精神的動揺は皆無だ。

 次の打者に対してはストレートで追い込んだあとスローカーブで三振にとった。

「な…なんだこの球は……!?」

「あ…あのピッチャーまだ力を隠してやがった……!!」

 1点を返して反撃ムードに入った矢富の選手達だったが、直球だけだと思っていたこの豪腕投手が放った超スローボールにまたしても意気消沈させられてしまった。

 結局矢富の得点はこの1点だけ。江口がどれだけ直球にヤマを張るように言ってもさっきの超遅球が頭にこびりついた選手達には言っても無駄であった。

 このあと、神田が2本目のホームランを放ち3−1。

「思ったより打つな、神田のヤツ…。」

 彼にはとんでもない弱点があるのだが、少なくともこの時点では誰もそんな心配はしていなかった。

 結局試合は3−1で終了。美羽高野球部の初陣はこれ以上ない結果に終わった。

 

 この後も何試合か練習試合を組んだ。いずれも快勝した。

「オレ達ってひょっとしてすげえ強いんじゃないか?」

「美咲は点取られないから1、2点取れば勝てるよ。」

「甲子園も夢じゃないかも……。」

 この状況を水渕だけは複雑な表情で見ていた。

(…うまく行き過ぎだ……。……まずいな。)

 

 所変わってここは辻間東高校。

 スーパールーキー沖田の加入で昨年秋の大会を制覇し、甲子園の切符を手にして以来、全国的にも注目が高まっている名門校である。

 東校の監督、杉浦健一郎は部長の堤と話しこんでいた。

「杉浦さん、聞きましたか?美羽高校になかなかいいピッチャーがいるそうですよ。」

「美羽……?となりの美羽高校ですか?」

「はい、何でもその投手の力で、矢富、辻間北、伍条などの高校相手に連勝しているそうですよ。ついこの間までは野球の試合すら組めなかったのに。」

「へえ、それは初耳ですね。最近は凍邦や鳴電のデータばかり集めてましたから。」

「近藤とかいいましたかね、その投手。矢富戦では2安打しか打たれなかったとか。」

「ほう。」

「矢富打線はなかなか強力ですからね。それを2安打というのはすごい。」

「ふむ…。では、今のうちに叩いておこうか……。」

 

 さて、場所は戻って美羽高校。

 美咲はご機嫌だった。その美咲に明彦が声をかける。

「良かったね。美咲さん。」

「ああ。赤点なし、奇跡だ。まさにオレは奇跡を呼ぶ男。」

 どうやら中間テストの話をしているらしい。

「心配なのは神田のバカだ。」

「神田君か…。彼が補習にでもなったら、投球練習できないもんね。」

 そこに神田が駆けて来る。

「おおーっ!愛しの美咲ちゃん、元気?」

「気持ち悪りー事言うな。ところでおめーテストは大丈夫だったんだろーな。」

「おう、その事か。聞いてくれよ。オレ今回数学のテスト10点だった。」

 絶句する明彦。

「え!それって赤点じゃないの!?」

 明彦は慌てた。しかし当の神田と美咲は落ち着いている。

「最後まで聞け!確かにオレもこの点数を見た時はそれを覚悟した!ところがだ!!」

「ところが?」

「平均点が18点だったんだ………。」

「な。オレも14点でやっちまったと思ったけどよ。」

「そ…そうだったんだ。良かったじゃない。」

 ホッとする明彦。

「ところでアキ。おめー数学何点だったんだ?」

「ボク?75点。」

 明彦の返事に美咲と神田は硬直した。

「てめえ、このヤロ!もう少し遠慮しろ!おめーが平均点を引き上げたせいで地獄へ落ちるところだったじゃねえか!!」

「まったくだ!チームメートを陥れようたあ、とんでもねえ野郎だ!!」

「ひえええええええええ!!」

 そんなバカ騒ぎをしているところに水渕がやって来た。

「よし、主将。全員集めてくれ。」

「はい。集合ォ―――――――――っ!!」

 荻原の号令で全員が集まる。

「よし、みんな揃ったな。実は昨日練習試合の申し込みがあった。」

「え!ウチにですか?」

「そうだ。それも相手は辻間東高校だ。」

 いくら隣校とは言え、野球部の実力は天と地ほど離れている。彼らにとっては東校は雲の上の存在なのだ。その東校からの申し入れだという。これには全員が驚いた。

 それはもちろん美咲だって例外ではない。

「東校が…!ウチと……?」

 美咲は興奮を隠せない。

「東校って事は…晃司と………。」

「そうだ。あの沖田のいる東校だ。試合は今週の土曜日。」

 全員動揺している。恐怖に近い感情である。

「オレ達があの東校と…。し…信じられねえな………。」

 口々に言う部員達。美咲は興奮しているが、それ以外はボーっとしている神田を除いて、すっかり縮み上がってしまっている。

「相手は今までとは格が違う。気を引き締めてかかれよ。」

「任せとけ。東校打線だろうがなんだろうが、この天才霧野様にかかればちょちょいのちょいだ!」

 美咲に鼓舞されて、全員の顔に生気が戻ってきた。

「そ…そうだよな…。オレ達には美咲がいるもんな。」

「それどころか、もし東校に勝つなんて事があったら……すげえぞ………。」

「そうだよ!みんな、やろうぜ!!」

 単純なもので、一人が光明を見出すと全員が盛り上がった。

「よし!じゃあ、さっそく練習開始だ!!」

 しかし、水渕だけは楽観視してはいなかった。

(こいつは賭けだな……。今度の試合が吉と出るか凶と出るか……。)

 

 さて、また舞台は移って辻間東高校。

 練習の終わった晃司は、仲のいいチームメイトと一緒に帰路についていた。

「今度美羽高と練習試合だとよ。」

「美羽と!?」

「ああ。何でもすげーピッチャーがいるそうだ。」

 すごいピッチャーと聞いて晃司が反応する。

(すごい投手。美羽……。はは、まさかな。)

「ところでよ。」

 晃司が考え込んでいるのも気づかず友人はまったく別の話題に切り替えた。

「晃司。おめーC組の浅川に告白されただろ。どうした?」

 あわてる晃司。

「な…何でオマエがそんな事知ってるんだ。」

「ウチのクラスの女子が話してたんだよ。お前自覚しろよな。ウチの学校の女子はみんなお前の恋人関係を気にしてるんだからさ。で、どうだった?」

「どうもこうも……、オレにその気がないからな。あの娘には悪いとは思うけど。」

「断ったのか!?あんないい娘を!」

「……まあな。」

「くっわ―――!もってーねえ!オレなら即オッケーだぜ?お前、病気かなんかじゃねえのかぁ?」

「失敬な。」

「いや、病気だ。そうでなきゃ他に誰か好きな娘がいるかだ。あ、そうか!お前、実はすでに彼女いるんだろ。あっはっは!やっぱりそうか。そーだよな。そうじゃなきゃ納得いかんわ。涼しい顔して裏でけっこうやってるなあ!」

「バ…馬鹿な事言うなよ!オレにはそんな人………。」

「ふーん。じゃあ、片思いか。思いきって告白してみなって。おめーだったらこの県内の女子はみんなイチコロだぜ。」

「まったく………。」

 もう反論する気も失せた。

(そんな簡単に告白できるなら…、それでアイツが首を縦に振ってくれるんなら苦労はないさ………。)

 そう心の中でつぶやきながら晃司は苦笑いを浮かべた。

(でも…、オレが野球をアイツの分も頑張る事で……、きっとアイツも心を開いてくれる…。そして、オレの夢を支えてくれるはずだ……。)

 そう思いながら一瞬美羽高校のほうを見る。その方向には誰もいない。しかし彼の脳裏には、くっきりと一人の少女の姿が映っていた。

 

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