seen12 美咲初陣

 

 先攻は美羽高校。矢富のピッチャー、おそらく2年生あたりの来年のエース候補であろう。つまり、弱小美羽校相手に投げさせて自信をつけさせる腹づもりに違いない。

 これを見ると矢富校はずいぶん失礼なチームに思えるが、よく見てみると美羽の方がもっと失礼であった。

 なんと今この場で打順を決めているのである。

「今日の試合の打席内容でとりあえず仮の打順を決めるから、今日はお前達で話し合って好きな順番に打席に入れ。」

 こんな事を言ったら4番の取り合いになってしまう。しかし、意外にも一番人気が集中したのは4番ではなく1番だった。

「1番はオレが行く!1番が一番多く回ってくるからな!」

「バカ言え美咲!1番はいかに相手をびびらせるかだ。オレ以上の適任者がいるか!」

「待て待てお前ら、1番はやはり1番足の速いやつが務めるべきだ。オレしかないだろう。」

「いや、1番はいわば切りこみ隊長だ!主将のオレが先頭に立たんで誰が立つ!」

 どうやら、美咲と神田と刈谷と荻原が名乗りをあげているようだ。

「やれやれ。じゃんけんで決めろ。恨みっこなしだぞ。」

「フン。まあいいや。どうせ勝つのはオレだからな。最初はグーな。」

「最初はグー!!ジャンケンほい!」

「あいこでしょ!」

「あいこでしょ!!」

「しょっ!」

「しょっ!」

「おっしゃあああああああああーーーーーー!!!」

「ぐっわあああああああ!!」

「て…てめえ神田!今の遅出しだぞ!!」

「おっと。言いがかりはやめてくんな。とにかく一番はオレだ!」

「くそっ!じゃあ、オレ2番!」

「そうはいかんぞ。今度こそオレが!」

 結局その調子で打順が決まっていった。

1番キャッチャー神田俊也。

2番ピッチャー霧野美咲。(登録は近藤誠)。

3番サード荻原大輔。

4番センター刈谷健治。

5番ライト服部功一。

6番セカンド立花明彦。

7番ショート甲斐慎一。

8番レフト香田洋介。

9番ファースト宮本四郎。

 これが今日限定のオーダーである。

 もちろんこれを見て矢富校野球部が面白い訳がない。

「あいつらバカにしやがって!」

「目にモノ見せてやる。」

 特にプライドを傷つけられたのはピッチャーである。

「先輩、オレこんなにコケにされたの初めてっスよ。」

「まあまあ、あんなクズどものやる事なんか気にすんな。オレ達の恐ろしさをあのふざけた奴らに思い知らせてやろうぜ。」

 こうして試合が始まった。

 

「おーし!1番神田俊也行くぜ!」

「けっ。おめーなんか時間の無駄だ。とっとと三振してオレに回せ。」

「まあ見てな、美咲。オレの先頭打者アーチをよ!」

 打席に入る神田。

「ふふふ。オレの尊敬するジャイアンツの松井さん!見ていてください。オレは打ちますぜ!」

 相手先発の深谷の第1球をいきなり狙った。

「おらあ!くらえ、ゴジラクラーーーーッシュ!!」

 ものすごい風圧。ものすごいスイングスピード。当たればスタンド行き間違いなしと思えるほどの強烈な振りだ。

 そしてその結果ボールはキャッチャーのミットにしっかり収まった。

「あら?」

「ストライク。」

 そう、空振りである。

「コラ、ボケェ!ちゃんとボール見ろ!!ボール球だろーが!」

「うるせー!今のは素振りだ!次が本番よぉ!!」

 しかしこの打席、彼の言う本番はなかった。

「何が先頭打者アーチだ。三球三振しやがって。」

「うっせー。」

「まあ見てな。オレとおめーの違いを見せてやる。」

 今度は美咲の番だ。

(こいつの構えは形が出来てるな。こいつには注意して投げろ、深谷。)

(分かりました。1球外にボール気味ので行きます。)

 しかしその外すつもりの球が中に入ってきた。

(このバカ!)

「おーし!来た!プエルトリコまでぶっ飛ばしてやるぜ!ゴメスアターーーック!!」

 ぺちっ。

 打球は力なくセカンドへの小フライとなった。完全な打ち損じである。

「………。」

 神田がニヤニヤしてこちらを見ている。

「ほほー。プエルトリコってあんな近くだったんだ。」

「黙れ!バットにボールが当たっただけおめーよりマシだ!」

「へん。オレは三球投げさせたぞ。お前はたった一球じゃんか。」

「頼むから真面目にやってくれ…。」

 水渕は泣き出しそうだった。

「むむむ…。神田がゴジラクラッシュ。美咲がゴメスアタックとくれば…。」

「オレには新庄スプラッシュしかない!!」

 もうええっちゅうねん。それにスプラッシュの意味分かってる?

 結局初回の攻撃は三者凡退に終わった。

 

「さて、次は守りだな。霧野美咲様の見せ場だぜ!」

「美咲、安心して投げな。ささやき戦法を改良したオレのつぶやき戦法で相手をかく乱してやるからよ。」

「つぶやき戦法?」

「まあ、見てりゃ分かるよ。」

 

「あんなふざけた奴らに負けるな。初回コールドするつもりで行け!」

「はい!!」

 しかし、彼らの威勢が良かったのはこの時だけであった。

 なぜならこの直後彼らは美咲の投球練習を見てしまったからである。

「お…おい!あのピッチャー…メチャクチャ速くないか?」

「……………。」

 ミットに突き刺さる音が一球一球ごとに大きくなってきたような錯覚に陥った。

「ほぉ…。これはいい球を放るな…。140キロは出てるか。まんざらただの弱小チームじゃないらしい。」

「監督。あれを打つのは結構ホネなんじゃないですかね。」

「バカもん。はじめからそんな弱気でどうする。ちょうどいい。左右は違うが、凍邦の羽岡の予行練習のつもりでやって来い。」

 羽岡というのは名門凍邦高校で2年生ながらエースを張っている投手だ。県ナンバーワンの速球投手で怪物と恐れられている。

「羽岡を打ち、沖田を抑えなければ甲子園はない。あの程度の投手が打てんでどうする。」

 江口監督に喝を入れられ打席に入る先頭打者。

 彼は足元からなにやら奇怪な声を聞いた。

「打ったら殺す。打ったら殺す。打ったら殺す。打ったら殺す。打ったら……」

「審判!このキャッチャー何とかしてくれよ!!」

 審判が注意するよりも早く美咲の飛び蹴りが神田の顔面を襲った。

「うぎゃああああ!!マスクのせいで余計痛え!!耳が、顎が!!」

「何がつぶやき戦法だ!みっともねえ真似するな!!」

 神田俊也17歳、一流キャッチャーへの道は果てしなく遠そうだ。

 

「ふふふ。運が良かったなおめーら。美咲伝説の最初のページを飾れるんだからな!」

 ロージンをつけてマウンドに仁王立ちする美咲。身体は細いが威風十分だ。

 大きなモーションから美咲の投じた第1球は内角いっぱいのストレート。轟音とともにボールがミットに突き刺さる。バッターは思わず身体を大きくのけぞらせた。

「ス…ストライーク!!」

「え!!今の入ったの!?」

 信じられないといった顔つきだ。彼には自分の顔面付近にボールが迫ってきたように感じたのである。

(す…すごい威力だ…。)

 美咲は2球目も全く同じ所に投げ込んだ。

 バッターはこの球にも手が出なかった。

(速い…。短く持っていくしかない。)

 バットを短く持ちかえる。無論それを見逃す美咲ではない。

(バットを短く持ってきたな…。)

 三球目は外角低め。これまでの2球でバッターの上体は起きあがっており、さらにバットを短く持った事もあって、この球には届かなかった。

「ストライッ!バッタアウッ!!」

「おおーーーっ!いいぞ、みさっ…じゃない近藤!!」

 三振した一番打者が次のバッターにアドバイスする。

「手元でかなり伸びてくるぞ。それにコントロールも良さそうだ。」

 しかし、このあと美咲は2番3番も抑え、この回三者連続三振にきって取った。

 実に幸先のいいスタートである。

 

 二回の攻撃は4番の刈谷から。彼はカウント2−2までボールを見て、5球目を地面に叩きつけた。

「ショート!」

 高いバウンド。相手ショートが捕ってファーストに振りかぶった時すでに刈谷は一塁を駆け抜けていた。

「おおーっ!ナイス、刈谷!!」

 両チーム初のランナーが出た。

「けっ。みみっちいヒットだな。」

「オレがあのショートならアウトにしてるぜ。」

「男ならもっと豪快に打たんと。」

 歓喜に沸く美羽校の面々の中、こうブツブツ文句を言っているのは初回の凡退トリオである。

 だが、刈谷のステージはこれだけで終わらない。次の功一への初球でいきなり盗塁して見せたのである。

「はっ…速え!!」

 この俊足には敵味方両方が驚いた。

(くっ…。盗塁には十分気をつけたつもりだったのに……。)

(スタートがいい。それに加速が早い。)

 このあと刈谷に対し相手投手は再三けん制球を挟んだが、それでも次の投球で三盗を決められてしまう。

 これには相手監督の江口も開いた口がふさがらなかった。

「なんだ…あの背番号8番は…。確かに深谷はクイックは苦手だが、それにしても速すぎる………!!」

 功一は三振に倒れ、バッターは明彦。

 相手はスクイズに備えて一塁手と三塁手が前に出てきている。

 こういう場面で無理にスクイズをする必要はないが、練習試合ということで、水渕はあえてスクイズのサインを出した。そして、明彦はそれを難なく決めたのである。

「やったーー!1点先制だ!!」

「ナイススクイズ、アキ!!」

「あは。バントには自信があるんだ。」

(うまい!刈谷を1番にして立花を2番にするとこれは面白いぞ…。)

 水渕は目を細めた。

 

 呆然とする矢富校。悪い夢でも見ているかのようだった。

「こ…こんなチームに先制されるなんて…。」

「気を落とすな深谷。さっきの奴の足の速さは半端じゃない。まだヒットらしいヒットを打たれたわけじゃないだろ。」

「まだ始まったばかりだぜ。なーに、すぐに取り返してやるさ。」

 マウンドに集まった矢富の選手達が口々にピッチャーを励ます。なんとか彼は気を取り直したようだ。

 しかし全員一抹の不安は隠せなかった。

(取り返すとは言ったが…、あのピッチャーを打てるのか……。)

 

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