seen7 決闘

  

「もう、今日はやめとけよ。」

 さすがの美咲も心配そうに言った。

「いや!まだまだ!!オレが…オレが、捕らないと、甲子園が…!!」

 さすがに根性のある荻原だけに、猛特訓で速球は半分ぐらいの力で投げれば捕れるようになってきた。しかし、美咲の全力投球、そしてフォークボールは何回やっても捕れなかった。

 すでに身体のあちこちにアザができている。それでも彼は練習をやめようとしなかった。

「荻原、体を壊したら何にもならん。今日は捕れなくても、そのうち捕れるようになればいい。お前が怪我をしたら、チームが大変な事になるんだぞ。」

 水渕にこう言われ、さすがにチームに迷惑をかけたら何にもならないので、荻原も練習を切り上げた。もう日が暮れて薄暗くなり始めていた。

 ちょうどそこに神田達3人がやってきた。

「よう、美咲。」

 神田がからんできて、部員達に動揺が走る。

「こんなトコで何やってんだよ。泥だらけになってよ。せっかく可愛いのに台無しじゃねーか。」

 美咲は神田を睨みつける。この男はなぜいつもいつも自分のいる所に出てきてはちょっかいをかけてくるのか。神田が美咲に惚れている事は美咲も知っていたが、美咲はしつこい男が大嫌いだった。

「出てけ。」

 美咲が冷たく言い放つ。

「おお、怖っ。何怒ってんだよ美咲。だいたい女が野球やって何になるわけ?まさか甲子園を目指してるなんて、笑えねー冗談言う気はねえだろうな。」

「何だと!」

 神田はいきり立つ美咲を無視してそのまま明彦の方に向かって言った。

「てめえか、コラ。美咲にくだんね−こと吹き込んだのは。」

 明彦は暴力恐怖症だが、この時は神田との視線をはずさなかった。

「なんだ、てめー。その反抗的な目は。やんのか。おい。」

 明彦にくってかかる神田。だが明彦も負けてはいない。

「霧野さんには、目標があるんだ!邪魔をしないでくれ!!」

 神田のとりまき二人が明彦をバカにする。

「ふはっ。見ろよ、こいつ。口じゃえらそーな事言ってるけど、足が震えてんぞ。」

「はははは!怖いよ−、助けて−、霧野さーんってか!?」

 しかし、神田は笑っていなかった。

「目標って何なんだよ。」

 神田は明彦に言った。それに答えたのは美咲本人だった。

「さっきてめーが言ったまさかだ。オレは甲子園に行くんだ。ガキの頃からそう決めてるんだ。やっと目標に向かって進んでるんだ。邪魔すんな!」

 美咲の目を見て冗談じゃない事は神田にも分かった。

「はっ。そんな簡単なもんじゃないぜ。相手は血ヘド吐いて練習してるヤツらだ。まして、こんな弱小野球部で何が出来るんだよ。」

 そこで、いままで黙っていた荻原が口を挟んだ。

「ふっ…。神田、たしかにお前の言うとおりかもしれん。だがな、霧野の球はすごいぞ。オレは練習次第で強豪とも十分やって行けると思ってる。」

「へっ…。おもしれーじゃねーか。見せてもらいたいねえ。そのすげえ球ってヤツをよ。」

 美咲はその辺に転がってるボールをひとつ拾った。

「グローブ持って、構えろ。」

 美咲にそう言われて神田はキャッチャーミットを手に取った。

「ほいほい。」

「プロテクターつけね−のか?」

「そんなもんいらねーよ。」

 そう言って、神田は構えた。

「この茶髪ザル、なめやがって………!!」

 手加減無用。いっそ大怪我させてやろうと思っていた。

 美咲は今までよりもうんと大きく振りかぶった。全力投球に入っていた。

 美咲の手を離れたボールが周囲の空気を切り裂いていく。

 間違いなく今までで一番威力のある速球が神田を襲った。

 しかし。

 ボールは、ミットに収まる瞬間のものすごい衝撃音と神田の手に強烈な痺れを残して静まった。

「………………!!」

 美咲も、神田も、いや、その場に居合わせた全員が驚きの表情をしていた。

「……す…すっげえ……。これが女の子の投げる球かよ……。」

 ミットに収まったボールを見ながら神田が思わず感心する。

「オ…オレがあれだけやっても捕れなかった霧野の速球を…いきなり捕っちまいやがった……。」

 荻原をはじめ、野球部員全員は初めて見た美咲の速球をいきなりキャッチした神田に驚いていた。

「ちっ……。」

「分かったよ、美咲。もう邪魔はしねえ。どこまでやれるのかは知らねーが、好きなようにすりゃあ良いじゃね−か。」

 そう言って、神田はミットを投げ捨て、あとの二人とグランドから立ち去った。

 その神田の後姿を美咲はずっと睨みつけていた。

 

 

 翌日。

 美咲は鉄橋の下にいた。ここで人を待っているのだ。

 ちなみに機嫌は悪い。なぜなら、これから最も頼み事をしたくない相手に大事な事を頼まなければならないからだ。

「くそ〜〜〜っ………!」

 美咲は今朝の事を思い出して苦虫を噛み潰した。

  

 美咲は荻原に呼びとめられた。

「霧野。神田は何か部に所属してるのか。」

「あんなヤツの事知るわけねえだろ。」

「どうだろう。あいつをキャッチャーに誘えないだろうか。あいつなら、すぐにお前の球を取れるようになると思うんだ。」

「じょ…冗談は顔だけにしてくれよな、先輩。」

「いや、オレは本気だ。断られたら仕方がない。その時はオレが何としてでもキャッチャーをやる。一度、あいつに頼んでみてくれないか。そのほうがチームのためにもなると思う。」

 

(屈辱だぜ。あいつに頼みごとをしなきゃならねえ事も、オレのボールがあいつなんかにキャッチできる事も。)

 しかし、現時点で美羽高校の生徒で美咲の球を受けられそうなのは彼しかいなかった。

「断られたって言って、帰っちまおうかな……。」

 しかし、美咲は昨日のぼろぼろになった荻原の事を思い出すと、帰るのはやっぱりためらわれるのだった。

 美咲が葛藤しているうちに、神田がやって来た。

「珍しいな、美咲。お前からオレを呼ぶとはな。オレと付き合う気になったか。」

 美咲はひと呼吸おいてから言った。

「ああ。」

「うほっ!」

 予想もしなかった美咲の返事に神田は歓声を上げた。

「ほ…ホントかよ…。」

「ただし、今日の勝負でオレに勝ったらだ。」

 美咲のこのセリフを聞いて神田は落胆した。

「それじゃいつもと同じじゃねえか。」

「いつもと同じじゃない。今日が最後だ。最後だから、条件も大幅アップだ。」

「アップ?」

「おめーが勝ったら………望みを何でも聞いてやる………。」

 それを聞いて神田は顔を真っ赤にした。

「な…何でも……だとぉ……!!」

 良からぬことを考えているのは一目瞭然。

「だがな!オレが勝ったら……!!」

「勝ったら?」

「……野球部に入れ。」

 これまた神田は驚いた。

「何だそりゃ!?」

「うるせー!オレだっておめーなんか本当は入れたくねえや!でも、現実問題として、おめーしかオレの球を捕れるやつがいね−んだよ!!」

「ほほ〜、そーゆーことね。でも、オレは手加減せんよ。」

 今日はさすがに気合が入っている。

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「後悔するぜ、美咲。今日のオレ様はいつものようにはいかんぞ。」

 美咲は実はすでに後悔していた。普通に頼み込めば案外簡単に神田は首を縦に振ってくれたかもしれなかった。しかし、神田に借りを作るのは我慢が出来なかったのだ。

「オラァア!いくぞォ!!」

 そう叫ぶなり美咲が神田に蹴りかかる。いつもの神田ならこれでKO出来るはずだった。

 しかし、神田の腹に蹴りが入ったと思った瞬間、その足を押さえられてしまった。

「………!!」

 そして、そのまま地面に美咲を押し倒す。

「ふふふ。あめーな、美咲。お前に呼び出された時によ、こんな事もあろうかと思って下に雑誌を入れといたのさ。」

「なっ!……て…てめえ!汚ねえぞ!!」

「ふふん。勝負は勝ってナンボ。頭脳プレーの勝利だ。」

 そこから足を固めに入る。

「おおっ!神田さんのプロレス技が決まった!!」

「ほらほら美咲ィ。ギブアップしちまえよ。」

「このっ!」

「ぐわっ!」

 美咲も負けてはいない。神田のわき腹の上の辺りを思いきりつかんだ。

「いででででで!!」

 技がゆるくなったところで、一気に美咲は神田を蹴り飛ばした。

「この野郎!」

 何とか技をはずした美咲だったが、ダメージのため体勢を整えるのに手間取ってしまった。そこをいち早く体勢を立て直した神田に思いきり腹部を蹴り上げられた。

「が………は……!!」

 さすがの美咲もこれはかなりこたえた。超人的な攻撃力を持つ美咲だが、特別打たれ強い訳ではない。まして男性でも一撃で倒してしまう力を持った男が相手だ。激痛に耐えられずついに片ひざをついてしまった。

「………ぐ……ごほッ…ごほッ…!!」

「もうやめとけや、美咲。おとなしくオレの女になっちまえよ。」

 しかし美咲は神田を睨み付けてまた立ちあがった。

「…なめんなよ……。本当にいいピッチャーはピンチほど強いんだ…。」

 虚勢は張っているが、限界に近いのは一目で分かる。

(こいつ…、何でこうまでして……!)

 初めて美咲に勝てるチャンスだが、神田からだんだん闘争心が消えていった。

(そんなに野球がやりたいのか……。)

「…こ…来ねえなら…こっちから行くぜ……!!」

 美咲が攻撃に入ろうとするよりも速く、神田が美咲の両手首をつかんだ。

「わかった。オレの負けだ、美咲。」

 美咲はきょとんとした。

「野球部に入ってやるよ。オレだって好きな女を殴るのは趣味じゃねーしな。」

「ほ…本気スか!?神田さん!!」

 子分二人があわて出す。

「おう。(ここで恩を売っといた方があとあと印象もいいしな。)」

「(なるほど!)」

 どうやら、神田には神田なりの下心があるようだ。

「まあ、そう言う事だからよ。これからよろしく頼むぜ、美咲。」

 神田は美咲に対して好印象を与えたな、と思っていた。

 しかし、美咲の目は血に飢えた狼みたいになっていた。そして狼の咆哮。

「ふざけんな、てめえ!調子のいいこと言ってんじゃねーぞ!!誰がてめーなんか野球部に入れるか!!何が頭脳プレーだ!姑息な手を使いやがって!!」

 美咲は神田を思いっきり蹴飛ばし仰向けに転がした。

「殺す!今すぐぶっ殺してやる!!」

 そして、倒れた神田の腹の上に乗ってむちゃくちゃに彼の顔を殴り始めた。

「おぐっ!ぐほっ!た…助けてくれ〜〜〜!!」

「や、やべえ!神田さんマウントポジション取られちまった!!」

「やめろ霧野!神田さんが死んじまう!!」

今回は善戦した神田だったが、結局美咲の軍門に下ったのだった。

 

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